高校はカトリック系の学校に通っていたため、その中庭にはキリストを抱くマリア像があった。穏やかなまなざしで我が子キリストを見つめるマリア、なんとも慈悲深い表情を浮かべていたと記憶する。そんなマリア、真夜中になるとキリストをふっ飛ばしそうなもの凄い勢いで中庭を暴走するとのうわさがあった。「キャーッ」と叫びたいような叫びたくないような、怖いような怖くないような、まさに学校の怪異、都市伝説である。
都市伝説とは、「都市化の進んだ現代において口承されている話。出所が明確でなく、多くの人に広まっている噂話。」(「デジタル大辞泉」より)である。出所があやふやなところが、まさに話の広がる要因の一つ、また状況の類似性から多くのバリエーションを生み、所違えばの‘ご当地もの’が日本中に存在する。
この「高速マリアの怪」は、「モナリザの怪」、「二宮金次郎像の怪」にも通じる学校怪異の定番である。「モナリザの怪」とは、「学校の美術室などに飾られたモナリザの複製画が怪をなすという怪異で、絵の中から抜け出して人を食う、手を出してきて目の前の子どもの手や足、首などを掴む、などの現象がよく語られる」とは、『日本現代怪異事典』(笠間書院, 2018)である。レオナルド・ダ・ヴィンチによって描かれた「モナ・リザ」が、最初に日本で公開されたのが1979年(東京国立博物館開催「モナリザ展」)だが、小学校や中学校には複製画が飾られていることが多いため、子どもの間でこのような怪異が語られるようになったのだろうとのこと。確かに「モナリザ」は、どことなく不気味な雰囲気を漂わせているだけに、見るものにちょっとした恐怖心を抱かせる。
一方「二宮金次郎像の怪」は、校庭の片隅にある二宮金次郎像が動き出し人を襲う、校庭を走り回るというものや、本のページが捲れたり、目が光ったりするバージョンも存在する。また、金次郎が本を返しに図書館に行くというものもあり、なんとも律儀な金次郎!ぜひとも図書館に通って、たくさんの本を読んでほしいと願うばかりである。
さて、学校の図書室も怪異の現場となることが多い場所、前述の『日本現代怪異事典』から拾ってみよう。「オレンジの眼の少女」は、学校で肝試しをしていたある女生徒が図書館の側に来たとき、部屋のすぐ側の窓辺にたたずむ背の低い少女に気づく。静かに振り返るその少女の目はオレンジ色に光っていたというもの。もしかして宇宙人だったんじゃない?「図書館のヴァンパイヤ」は、千葉県のある中学校に出現したという怪異で、「Vampire」というタイトルの洋書の姿をしていて、近くの人間を貧血にしてしまうという。洋書の姿、貧血って・・・ヴァンパイヤなのに地味じゃない?
「図書室の怪」では、5月5日に図書室に入り兵隊の姿を目撃すると生きては戻れないという話や、図書館には「悪魔の本」という本があり、これを読むと地獄に連れ去られるという話があるという。また「バラバラキューピー人形」は、ある学校の図書室に真夜中に現れるキュービー人形が、本をバラバラにすることがあるという怪異。「本の目」は、北側に位置するいつも薄暗く陰気なある図書館、ここに一人で入ると視線を感じるらしく、ある生徒によるとぎっしりと詰まった書籍の本の背表紙に目が生じ、その無数の目が瞬きもせずにこちらを見つめていたという怪異である。「本の目」があったなら、キュービー人形はきっと本をバラバラにすることを躊躇っただろうな。と、図書館を舞台に繰り広げられる怪異の数々、大学の図書館もこれらを真似て、新たな図書館怪異を捏造⁉して人寄せしようかしら。大学の七不思議のできあがり!
児童文学者である松谷みよ子氏(1926-2015)の『現代民話考』(全12巻)は、全国各地の証言をテーマ別に編んだ現代の民話の集大成である。その『学校』には、「便所にまつわる怪」や「動く彫像」など、全国から集められた学校の怪異がまとめられており、これらの怪異は民話や児童文学とも関連性が深いことがわかる。人が存在するところに未知のしらべあり。マリアは今夜も暴走しているにちがいない!
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