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タイトル Hidden Library,Invisible Librarian

6. 距離と壁

「今、いいかな?うまくダウンロードできなくて」
「はい、大丈夫です。すぐ行きます」

腫瘍内科医のM先生からの電話を受け、司書はすぐに医局へ向かいます。といっても、病院図書館は医局のすぐ隣、壁をひとつ分け隔てた場所にありますから、1分と経たずに到着します。病院図書館は、利用者との距離が本当に近いのです。

医局に入り座席表を確認して、M先生のデスクへ。
PCとブラウザの設定を確認し、無事ダウンロード完了。

「どうもありがとう。助かったよ」
「いえいえ。あ…先生、こちら…」

M先生のデスクに飾ってあった、デヴィッド・ボウイの『★(Blackstar)』1) が、司書の目に留まりました。ボウイが癌で亡くなる二日前にリリースしたアルバムです。

「あ、これね。昔から好きだけど、これは特別」
「BMJのあのブログ、私も読みました」
「うん。僕の立場としては心して聴かないとね」

”BMJのブログ" とは、British Medical Journalの発行する『BMJ Supportive & Palliative Care(BMJSPC)』のブログに投稿された、緩和ケアの専門医によるボウイへの感謝の手紙2)です。この投稿への反響は大きく、ボウイの一周忌も近くなったという理由から、数か月後にはBMJSPCの本誌へも掲載されました。3)

普段はとても重く語りづらい、患者との「死」についての話し合いが、ボウイの話題によってオープンなコミュニケーションになったこと。ボウイの作品には、緩和ケアを実践する際の大きなヒントがたくさん含まれていること。ボウイの人生の終い方は、ACP4) の観点からも重要な意味を持っていること。そのような内容が、ボウイのファンである医師の思い出と共に記されています。

デヴィッド・ボウイ、すごいな。
生き方もスターだ。ヒーローだ。

いや、ヒーローは違うかな。

彼が歌ったのは「ヒーローたち」だから。

私たちは一日だけ英雄になれる
    “Heroes” by David Bowie5)

ドイツがまだ西と東に分かれていた頃、ボウイがベルリンの壁を背に西ドイツでこの曲を歌ったこと。壁越しに耳を傾ける東ドイツのファンのため、いくつかのスピーカーを観客ではなく壁に向けていたこと。ボウイの死に際し、ドイツの外務省が「ボウイはベルリンの壁の崩壊に協力してくれた」という感謝のツイートをしたこと6)。いずれも有名なエピソードです。

司書は、『Heroes』を頭の中で再生しながら思いました。

一日だけのヒーローも素敵だけれど、私はヒーローにならなくてもいいから、一日でも多く利用者の役に立つような司書としてこの仕事を続けたい。そうなるためには、まだ、いろいろと足りていない。そして、その足りなさが、司書という私自身と利用者との間の「壁」になり得ることも、ちゃんと意識しておきたい。

うん。

少しずつでいいから、この壁を崩していこう。
壁を崩しながら、司書の専門性を築いていこう。
図書館と医局との距離と同じように、
利用者との心の距離も、縮めていけるといいな。
適度な距離感で、互いの専門性を尊重できたら。

1月。また、新しい年がやってきました。
司書は、今年も司書でいられることに感謝しています。

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