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タイトル Hidden Library,Invisible Librarian

2. 机の上にあったのは

「あなたは、ここを何年で “図書館” にできると思いますか?」

司書に話しかけたのは、心臓外科の専門医で病院の副院長でもある、K先生。

「ここが “図書館” と呼べるようになるために必要な年数ですか…」

二人の目の前にあるのは、書棚と本のある小部屋。
一応、病院の図面上では、「図書館」とあります。

でも、二人とも、ここは図書館であって図書館でない、と感じていました。

「先生、この病院は、どれくらい司書がいなかったのでしょうか」
「できてから、ずっとだね。このエリアができたのは、3年前かな」

司書はあらためて考え、そして、ある程度の覚悟を決めて答えました。

「では、3年のうちに何とかしようと思います」
「へえ…なぜ、3年なの?」
「1年では適切に評価や分析をすることはできないと考えました。それに」
「それに?」
「以前、傷を悪化させた時、治すには少なくとも放置した時間分が必要と言われたので」
「へえ…なんだか面白いね、あなた。じゃ、何かあれば相談してね、司書さん」

それからK先生は、司書と廊下ですれ違う度、「どう?」と笑顔で声をかけました。書架が少なすぎて配架できない資料を前に呆然としている司書に気づき、書架の増設をすぐに行うよう指示したのも、K先生でした。

司書がようやく業務に慣れてきた頃、出勤するとデスクの上に一枚のメモがありました。
メモには、ある心臓手術の名前が書いてありました。

(これはなんだろう…?)

戸惑う司書の胸ポケットで、PHSが鳴りました。K先生でした。

「メモ、見てくれた?」
「先生だったんですね。このメモ、どうすれば…」
「それに関連する文献を集めてほしいと思って。じゃあよろしく」
「待ってください、先生」
「なに?今からカンファレンスだから、あまり時間はないよ」
「はい。簡単でよいので、どんな目的で文献を集めるのか、教えてください」
「え、どうしてそんなこと聞くの?」
「目的によって活用できる資料が異なるからです。今、教えてくだされば、文献を受け取った後の先生が、効率的に時間を使うことができると思います」
「なるほど、確かに。では手短に話すよ。今度…」

それからもK先生は、図書館と司書を存分に活用してくれました。
K先生からの依頼が完了した翌日は、司書の机の上に、お菓子が置いてありました。

夏のある日、K先生が退職するという噂を耳にしました。

そういえば最近、K先生からの依頼がないな…と思いつつ司書がデスクに戻ると、机の上に見慣れない大きなものが置いてありました。

子どもの顔ほどの大きさがあろうかという、晩白柚(ばんぺいゆ)でした。
「実家から届きました。おすそわけ」という、見慣れた字と共に。

司書は急いで、Emailでお礼を送りました。
数日後、K先生が退職したことを、知りました。

冬のある日、司書の元へK先生からの返信が届きました。
正確に言うと、新しい依頼が書かれた、Emailが届きました。

「新しい勤務先の病院で図書館を作っています。相談にのってもらえませんか?」

デスクの目につく場所に貼っておいた “ある心臓手術の名前が書かれたメモ” に目をやりながら、司書はすぐに返信しました。

「もちろんです。どうぞ、遠慮なくおっしゃってください」

K先生が作った病院の図書館ができて、3年が過ぎました。
いつか、K先生の作った図書館を訪れたいと、司書は思い続けています。

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