back number

タイトル Hidden Library,Invisible Librarian

3. 小さなどきどきの積み重ねに

週のはじめ、司書は、どきどきしながら職場へ向かいます。

休みの間に、どれだけの複写依頼が届いただろう。
先週消化器外科のU先生に依頼された調査、あれでよかったのかな。
そろそろ来年度の雑誌契約の見積準備を始めないと…秋だなあ。

一日単位や週単位の段取りを考えつつ、職員用出入口から病院の中へ。

総合窓口では、医療コンシェルジュやボランティアスタッフがフル稼働。
初診患者の誘導、受付機の操作補助、電動カートの整理、車椅子の用意など。
邪魔にならないよう端を歩いてエレベーターを通り過ぎ、階段室へ。

誰もいないし、ちょっと運動がてらにと階段を駆け上がると、話し声が。
患者さんが理学療法士に付き添われ、段差を使ったリハビリをしていました。
邪魔にならないよう会釈をしながら静かに通り過ぎ、事務局へ。

週末に届いた郵便物を抱えて図書館へ行くと、看護職の制服を着た方がいました。

「あなたがこの病院の司書ですか?」
「はい。失礼ながら、きっとはじめてお会いしますよね」
「そうですね。今日から医療安全部門の主任としてこの病院に来たOです」
「そうなんですね。O主任、これからよろしくお願いします」
「ということは」
「ということは?」
「あなたに論文の取寄せや調査をお願いすれば、いいんですね」
「はい。どうぞ遠慮なくお声がけください。おそらく以前にいらした病院とは、少し勝手が違うと思います。主任のご都合の良い時に、当院契約のリソースへのアクセス方法や複写依頼の手順をご説明いたしますよ」
「ありがとうございます。では後ほど声をかけます」

(O主任、きっと前の病院でも図書館を活用してくださっていたのだな)

デスクに着いたらすぐにPCの電源を入れ、新着のEmailを確認します。U先生からお礼のメッセージが届いているのを見てほっとしたのも束の間、複写依頼が大量に届いていることに気づきました。

(今日の仕事の最優先は、複写依頼だな。午前中にすべて処理できれば。そうすれば今日の午後の便で送っていただけるだろうから、依頼者の手元により早く届く)

医療職の文献入手は、正確さと共に、スピードがとても重要です。時間との戦いに胸をどきどきさせながら、司書はデータベースを開き、依頼内容の確認を始めました。

(この文献は発行元のリポジトリに本文があるな。パーマリンクをお送りしよう)
(あれ?著者と論文タイトルが合わない…発行年もページ割も違う…。たぶんタイトルが似ているこちらの文献と書誌事項が混ざったのだな。どちらが必要か、どちらも必要か、聞いてみよう)
(あらら、先週対応した文献をまた依頼している方がいる…行き違いかな。キャンセル扱いにして、到着予定をお知らせしよう)
(この文献は訂正が入ったんだな。出版社のサイトに訂正内容の全文は…あったあった。文献が到着したら、念のため、お渡しする前に訂正事項が反映されているか照合しよう)
(この依頼者、学会抄録を希望しているけれど、本当にこれでいいのかな?論文化されたものがあるから、そちらに変えた方がよいか、聞いてみよう)
(この文献はコメント論文が出ているな。まずは依頼分を処理して、後でコメント論文の入手希望を聞いてみよう)
(あっ、この依頼は速達指定だから、急がなきゃ。近くのC病院に所蔵があった。ここはいつもとても早く対応してくださるけれど、受付方法がファックス限定。すぐに専用の依頼書を作成しないと)

すべての対応を終え、ふと時計を見ると、もう昼休み。今日の職員食堂のランチはなにかなと気持ちが緩んだのも束の間、PHSが鳴りました。外部からです。

C病院の図書館の司書、Hさんでした。

さっき送った依頼書に不備があったのかと、どきどきしながら応答します。

「お世話になります。当方の依頼内容に不備や不足がございましたか」
「いえいえ、なんだかうまく受信できなかったみたいで、ちょっと読みづらい箇所があったんですよ。念のため、確認してもいいですか?○○の箇所です。」
「すいません、お手数をおかけしてしまって。では読み上げます…」
「こちらこそ…はい、大丈夫です。今日の速達でお送りしますね」
「ありがとうございます。大変助かります」
「ところで」
「ところで?」

司書は再び、どきどきしました。

「そちらに、Oさんが行きましたよね」
「Oさん?」
「たしか、医療安全に配属されるって聞きました」
「ああ、O主任ですね。今朝、お会いしましたよ」
「もう会えたんですね、うれしいです。実は彼、私が以前働いていた大学の学生で、図書館をよく利用してくれていたんです。その後、私がC病院に転職したら、OさんもC病院に就職することになって。もう何年の付き合いになるかしらっていうくらい、彼とはご縁があるんです。だから、勝手に親みたいな気持ちになっちゃって、大丈夫かなって」
「そうなんですね」
「彼はとても勉強熱心なので、きっとそちらの図書館もたくさん活用すると思います。どうかよろしくお願いしますね」
「はい。素敵なお話をありがとうございます」

昼休みを終えて図書館に戻ると、O主任がいました。

「あなたの説明を聞こうと思って。あまり時間はないけれど」

Hさんからの言葉を胸に秘め、司書は答えました。

「では、簡単にご説明いたします。こちらへどうぞ」

小さなどきどきを積み重ねながら、今日も司書は、司書として、動きます。

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design テンプレート