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タイトル 司書の私書箱

No.32「コーヒーミルと御成敗式目の手紙」

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 こんにちは。大事な決断に偶然や「そんなことで?」を挟んでおく話、興味深いですね。以前、あるメーカーの自動車を購入する理由として、そのメーカーのコーヒーミルを使っているから、という人に会ったことがありますよ。乗っている自動車と同じメーカーのコーヒーミルを購入するのではなくてね。ちょっとおもしろい人でしょう?
 1から10まで自分で決めるのではなく…、ということから連想するのは、ときどき聞く「この度、結婚することになりまして」「〇〇図書館で働くことになりました」という言い回しです。若い頃は「そんな大事な決断なのに、他人事みたいだなあ」とか「することになったんじゃなくて、することにしたんじゃないの?」と思ったものですが、だんだん「結婚することになる」とか「働くことになる」という意味がわかってくるようになる。自分の意思とか考えだけで決断できることって、なかなか少ないですよね。今日のお昼に何を食べようか、なんてことにも何かしら偶然の要素が入り込んできてしまう。そこを意識してやっている、しかも「大事な決断ほど」、というのが髙橋さんの話のおもしろいところでした。

 さて。訪問した図書館の写真を撮るのが好きです。髙橋さんのところでも撮らせていただきましたね。館内の将棋盤が印象に残っています。もともとは「これはおもしろい。参考のため、記録のために、写真を撮らせてもらいたい」と思ったときに撮っていたんですが、どの図書館もそれぞれいいところがあるし、写真を撮りたくなるので、最近は、入館したらまず撮影の許可をとっています。
 いわゆる「映える」図書館もたくさんありますし、なにより、カメラを常時持ち歩き、写真を撮ることが日常的になってきていますので、図書館で写真を撮る人も多いのでしょう。以前は撮影申請書などの書類に記入、腕章を着用したり首から許可証をぶら下げたり、というところが多かったと思いますが、ここのところ「利用者が写らないように。本の表紙、内容などを撮らないように」という注意事項だけ守れば、あとはご自由に、という図書館が増えてきた気がします。SNSでのシェアなどを見込んで、写真を撮りやすくする、という面もありそうです。図書館の情報が拡散されることが来館者増につながるのでは、という期待も透けて見えます(自分もそうでした)。
 一方、さまざまな理由で「撮影はご遠慮ください」というところもあって、この点ひとつとっても、図書館に関する多様な考え方があることがうかがえて、これも興味深いです。先日お聞きした「お断りの理由」は「図書館なので」というものでした。いや、これはちょっと意地悪な切り取り方ですね。実際にはそんな感じの悪い言い方でなく「撮影はご遠慮いただいているんですよ。図書館ですので…」というようなものです(あまり変わりませんか)。
 これはなかなか考えさせられます。「図書館なので写真撮影はできない」。思い出したのが「神社での写真撮影」です。これも神社によってそれぞれで「ここまではよい」「ここからはダメ」というのもいろいろとあるようですが、少なくとも「ご神体を撮影していいよ」としている神社は見たことがないような気がします。神様は撮影の対象ではないということでしょう。前述の言い方に倣えば「撮影はご遠慮いただいているんですよ。神様ですので…」という感じですかね。なぜ神様を撮影してはいけないか、神様とは何か、わかっていないので、そこは当事者の指示に従うまでです。撮影NGの図書館の人が「図書館は神様だから撮影してはいけません」と考えているとは思えませんが、並べて考えるとおもしろいと感じました。
 
 図書館と神社のアナロジーというと、内田樹さんの『図書館には人がいないほうがいい』(アルテスパブリッシング 2024年)を思い出します。内田さんはその中で「たくさんの数の書物がどこまでも並んでいる場所」には「しんと静まっている書架に向かって、思わず手を合わせて一礼したくなる」ような力があって、それを「神社仏閣に似た雰囲気」と言っています。本書にはタイトル通り「図書館には人がいないほうがいい」という考え方が書かれていて、それはそれでひとつの考え方ではあるのだけれど、どうもこの「神社仏閣のように神聖な場所には人が少ないほうがいい」というのには違和感を感じて、その出どころが何だったかな、と考えると、神社で見かけたことのある貼り紙にあった、こんな言葉だったのです。
「神は人の敬によりて威を増し 人は神の徳によりて運を添う」
 神は一方的に人に何かを授けるだけの存在ではなく、人の信仰に支えられているものだ、ということでしょう。神と人はWin-Winの関係にある、とも言えるのかな。
 これは「御成敗式目」の第一条だそうで、武家の法令ですから、神様ご自身がどう思われているのかはわからないのですが、自分としては「神聖な場所には人が少ないほうがいい」よりもこちらのほうがしっくりくる気がしたんです。
 いいものがあるところ、いい場所には人が来るし、人が来る場所はよりよくなっていく。ちょっと俗な考え方かもしれませんが。

 「敬、威、徳、運」はちょっとそぐわないけれど、そこを適切なものに置き換えたら、ここでの神と人は、図書館と利用者の関係にも言えるのではないか、と思ったんですよね。
 あ、だから写真撮影してはいけないのか!あれ、おかしいなあ…。(大)

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