back number

タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第67回 ファクトチェックは自分軸が9割!?

 この秋、ファクトチェック講座の講師を務めました。ネットにあふれるフェイク情報の見破り方でも話そうか。そう考えて準備を始めたのですが、はたと気がついた。私自身、この数カ月、情報の海で溺れかかっていたじゃないか!

 ある雨の日、仕事で大阪の古いお宮を訪問中、高い石段から転げ落ちそうになり、手すりのお陰で命拾いしたものの左肩を傷めました。初めての痛みに戸惑い、ネット検索、YouTubeの医師の動画、口コミ、本、生成AI......思いつく限りの情報源を渡り歩きました。医院や鍼灸院にも行きました。ライブラリアンの端くれですから、誰が言っているのか、専門は何か、根拠はあるか、広告ではないか、と一応は確かめます。ところが、調べて試した体操で痛みが増してしまった。やれやれ。

 整形外科で教えられたのは、事故だけでなく、加齢による腱板(肩にはそんな部位がある!)の変化が以前から進んでいた可能性でした。「転んで肩を痛めた」という数秒の事故が、「老いていく身体とどう付き合うか」という何年にもわたる一大事業に変わってしまったのです。

 ここで、もう一つ厄介な情報源に気づきました。それは自分自身。不安なときには怖い情報に目が行くし、安心したければ「これで治った!」という話を信じたくなる。好奇心がうずくと、珍しい治療法に首を突っ込む。情報が正しいかどうかだけでなく、なぜその情報を欲しがっているのかも確かめないと危なっかしい。

 そのとき役立ったのが、毎日つけている日誌でした。痛み、睡眠、運動、受診の経過。生成AIを使って整理し、医師に伝える資料にしました。自分は今どんな状態か。何を怖がり、何を望んでいるか。外の情報を読み解く「メディアリテラシー」や「AIリテラシー」に加え、自分という情報源を読み解く「自分リテラシー」が必要じゃないか。ファクトチェックは自分軸が9割!(もちろん当社比。)

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 ところが、自分について知ることは、体調のデータ収集だけでは終わらないのです。肩の不調をきっかけに、なぜか五木寛之の古いエッセイが読みたくなり、図書館で旧作をあれこれ探し始めました。老いの寂しさや、それでも生きたいという往生際の悪さが妙に沁みる。著者曰く、野次馬根性を満たしたいから。そんなこと、書いてあったっけ?本が変わったのではない。読む私が変わったのです。

 治療法を知りたくて始まった情報探しが、いつしか「どう生きるか」を考える読書になっていました。検索窓には入れなかった問いが、本棚をうろつくうちに姿を現す。図書館の面白さは、こういうところにもあるのでしょう。

 自分リテラシーとは、自分の物語を読み直し、編み直すことでもあるのです。痛みを治したい。いや、治した先で何がしたい? 私の場合、また自分の足で歩く旅人になりたいのです。以前に書いたお遍路みたいに。その願いに気づくと、必要な情報も、選ぶべき治療も、違って見えてきます。もちろん、編み直した物語が「決定版」というわけでもありません。新しい経験に出会えば、また変わります。人間って、厄介だけど面白い。

 講座では「すぐ信じない、すぐ否定しない、すぐ拡散しない、ちょっと確かめる」とお伝えしました。外の情報だけでなく、自分の思い込みも、ちょっと確かめる。自分を疑うには、まず自分についての情報が必要です。日誌は案外、自分専用のデータベースなのかもしれません。体調も、心の調子も、読書記録も、書いておくに越したことはないと思います。

 事実は調べられる。では、自分の生き方は?

 こんな「自分リテラシー」込みのファクトチェック講座、あなたの図書館でもやってみませんか? よかったら私も一緒に考えます。お試しあれ。

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design pondt.com テンプレート