
田原市図書館に勤めていた頃、個人的につけていた日誌を眺めていたら、こんな文章が目に止まりました。
〈2011年7月1日(金)。9時40分頃より、図書館玄関付近で、打ち水キャンペーンのオープニングセレモニー。市長、保育園児などに混じり、当館職員5人が浴衣で参加。私も魚河岸シャツにて。〉
写真も残っています。浴衣姿の図書館員と、キャラクターの描かれた紙製の帽子をかぶった園児たち。館長の私は大漁旗みたいな柄の魚河岸(うおがし)シャツ。呑気な光景です。
しかし、この年の夏は、呑気ではいられない事情がありました。
東日本大震災と原発事故の直後。全国的に節電が求められ、夏の猛暑をどう乗り切るかが社会的な課題になっていました。愛知県渥美半島に位置し、風力や太陽光による発電が盛んな田原市も例外ではなかったのです。
そこで私たちは考えました。
「だったら、暑い昼間はみんな図書館に来てもらえばいいんじゃない?」
家々でエアコンを動かすより、もともと冷房している公共施設に集まって過ごしてもらう。図書館なら、本も新聞も雑誌も視聴覚資料もある。子どもからお年寄りまで来られるし、利用は無料。
今でいう「クールシェア」のような発想ですが、どうせなら楽しくやりたい。
そこで、打ち水です。
市役所に提案すると話が膨らみ、市長までやって来て、保育園児と一緒にキャンペーンの開幕を宣言することになりました。図書館員有志は浴衣。館長は魚河岸シャツ。
そのまま私は午後、メインカウンターに2時間入りました。業務日誌には、〈女性の利用者(年配)に2回、魚河岸シャツについて話しかけられる〉とあります。
なるほど。服装もサービスのうちだったらしい。
いま振り返ると、あの日、図書館は小さなシェルターになったのだと思います。
シェルターというと、災害や戦争から身を守る堅牢な施設を思い浮かべます。でも人が避難したいのは、生命を脅かす危険からだけではありません。
猛暑から逃げたい。孤独から少し離れたい。仕事や家庭で煮詰まった頭を冷やしたい。不安なニュースを一人で抱え込まず、新聞や本を読みながら考えたい。
そんなとき、とりあえず逃げ込める場所が町の中にある。「ここにいていいですか」と、いちいち許可を求めたり、料金を気にしたりしなくてもいい場所が。
しかも、ただ安全なだけではない。
棚を歩けば知らない世界への入口があり、新聞を広げれば社会とつながり、子どもの声が聞こえ、浴衣の司書が歩いている。たまに魚河岸シャツの館長までいる。
効率一点張りではなく、その土地ならではの匂いや人間臭さを感じさせる、ちょっと風情のあるシェルター。
役に立つだけではない。その少し「余計」なところにこそ、図書館らしさがあるのかもしれません。
社会課題を解決するというと、とたんに眉間に皺が寄りそうになります。「もっと効率的に」「もっと効果的に」と考え始める。でも、困難なときほど、人には遊びや笑いや楽しさが必要なのではないでしょうか。
課題に真正面から体当たりするだけが、ソーシャル・デザインではありません。
打ち水をする。浴衣を着る。本と一緒に団扇を並べる。
「浴衣、似合うじゃない。」「くつろいでいってください。」と会話が弾む。
そんな一見遠回りの営みが、いつの間にか人と人、人と場所との関係を少しだけ変えている。
今年の夏も、暑いですね。「あの図書館では、エアコンが故障して扇風機をかき集めているらしい」なんていう噂を聞くと、風情を保つのも楽じゃない、と思います。でも、やっぱり言いたい。
あなたの図書館を、少しばかり風情のあるシェルターにしてみませんか。
お試しあれ。
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