
『人生とは長い時間をかけて自分を愛する旅である』という、ずいぶん長いタイトルの本を読み終えたとき、しばらく呆然としてしまいました。この本には図書館のことは書かれていません。けれども、気づいたのです。図書館こそが、著者・樋口耕太郎氏のいう「愛と経済が両立するところ」なのではないか、と。
図書館は、資料という形をとった知を無償で提供する機関です。私は長い間、「儲けのないサービスは経済ではない」と思い込んでいました。しかし考えてみれば、それはむしろ経済の本来の姿に近いのかもしれません。価値あるものを贈り、受け取る。つまり贈与の経済です。
なぜ贈り物には価値があるのでしょうか。それは、贈る人が、贈る相手の関心や願いに深い関心を持っているからです。そのような関心のあり方を、樋口氏は「愛」と呼びます。そう考えるなら、図書館は、あらゆる方法で愛を実現しようとする経済システムだと言えるでしょう。
一方で、私たちが日常的に接している市場経済は、経済の特殊な形に過ぎません。市場の中では、お金を誰よりも多く集めることが目的になりがちです。そうすると、相手の願いに関心を向けることさえも、お金を得るための手段となります。
愛知県の田原市図書館に館長として赴任したとき、私はすべてのスタッフと面談を行い、こう尋ねました。「あなたは、この図書館で、何にいちばん働き甲斐を感じますか?」
ほとんどのスタッフが「利用者に喜んでもらったとき」と答えました。贈与が贈与として成立した瞬間、と言ってよいでしょう。
たとえば、「こんな本を読みたいけれどタイトルは忘れてしまった」と相談されることがあります。一生懸命探し、それらしい本を数冊そろえて差し出す。「そう、それです!ありがとう」と言われる。その人がどれほどその本を読みたかったのか、そこにどんな物語があったのかを語ってくれる。まさに、贈与の成立です。長年、第一線で調査相談を担当してきた私自身も、そんな瞬間を何度も経験しました。
ここに一つの落とし穴があります。それが数値目標です。
貸出点数は、図書館サービスがどれほど利用されたかを知るための重要な指標です。しかし図書館が生み出している価値は、それだけではありません。貸出点数だけで図書館を測ろうとするのは、やはり無理があります。
それにもかかわらず、単位人口当たりの貸出点数が、自治体間の図書館経営の優劣を決める材料として使われることがあります。自治体によって、図書館が置かれている状況は大きく異なりますから、横並びの比較に、あまり意味はありません。まして、貸出点数に執着し、目的とするのは本末転倒です。
実を言うと、私自身も館長として、そうした比較を予算要求の根拠に使い、貸出点数を増やすためのプロジェクトチームを作ったこともあります。お金に執着するように、貸出点数に執着していたのです。
田原市図書館のスタッフが語ってくれた働き甲斐――利用者に喜んでもらえた瞬間――に立ち戻るなら、「図書館は、愛と経済が両立するところ」という原理に忠実であることこそが、利用者と図書館員、双方の幸福への近道ではないでしょうか。
だから、ときどき自分に問いかけてみましょう。
〈いま、愛なら何をするだろうか?〉
図書館で働く人にも、図書館を訪れる人にも。そして、実際に行動してみるのです。お試しあれ。
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