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タイトル ライブラリアン・ラプソディ

02 ‘BENKI’に偲ぶ

挿絵1
※挿絵はクリックで拡大します。

 五島勉(注*)が亡くなった。享年90歳。ノンフィクション・ミステリーという手法で書かれた(本人曰く)衝撃的な1冊は、読んだ当時小学生だった私にとって天地がひっくりかえるほどのショックと恐怖と共に脳裏に刻まれている。そう、それは‘人類の滅亡’をうたった『ノストラダムスの大予言』。彫の深い女性と思しき人物が固く目を閉じるカバー絵、何かもの言いたげな、予知夢を見ているかのような雰囲気に胸騒ぎを覚えるのである。その後このミステリアスな女性の顔が私の本棚を占めることになるのだが。

 一九九九の年、七の月
 空から恐怖の大王が降ってくるだろう
 アンゴルモワの大王を復活させるために
 その前後の期間、マルスは幸福の名のもとに支配するだろう。

 16世紀ルネサンス期のフランスにおいて、医学、天文学、博物学、文献学などを修得し、高名な知識人として、流行作家として、そしてフランス王シャルル9世の侍医も務めたミシェル・ド・ノートルダム(1540年代に南仏で猛威を振るったペストの治療にもあたった)。この詩の作者ノストラダムスのことである。彼が記した予言の四行詩集は、1555年に初版が出版され『予言集』とも、『詩百篇集』とも『諸世紀』とも呼ばれるもので、当時重版もされ、かなり好評を得ていたようである。ノストラダムスの予言は、彼の予知能力から生まれたものであると同時に、占星術的な計算によってもたらされた。つまり『予言集』は、霊感と占星術によって生まれた彼オリジナルの産物であった。しかし、版によりスペルの綴り違いなども多く(16世紀の出版物ではこういった誤りは珍しくなかった)、1文字違うだけでも、ひとつの単語の意味が変わってしまう可能性があり、彼の著作の場合、当時使われなくなった表現や新しい造語が多用されたため、さらなる混乱を招いたと言われている。となると、注釈は版によって訳も解釈も違うものになるということ。オーマイグッドネス!不安定な駒の上に立たされた五島さん、訳者の運命やいかに!

 さて、上記の詩は『予言集』第十巻七十二篇に登場し、五島さん訳『ノストラダムスの大予言』のメインとなる人類滅亡を予言し、私を不安に陥れた忌まわしき四行詩である。まず1行目、「1999年7月」とストレートに表現せず、年月の間に「の」が入るという小技があたかも予言が真実かのようなオーラを醸し出す。さらに「空から」がまた最もらしい描写で「恐怖の大王」の恐怖感が増し、「アンゴルモワ」という場所とも怪物ともとれる得体の知れない固有名詞がなおいっそう不安を煽るのである。そして、たたみかける様にこれらと相反する「幸福」という単語がまさに不吉の所以、ヒエロニムス・ボスの「快楽の園」のような混とんとした、不気味でどこかおぞましい世界が想像されるのである。オーマイゴット!

 シリーズ累計発行部数が1000万部を超えるという驚異的なヒットを記録し、映画化もされた(なんと主演は丹波哲郎!さらに文部省の推薦映画だった!)五島さんの代表作といえるノストラダムスの予言シリーズ。後年彼は、ノイローゼになった人ややけっぱちになった人がいたことにふれて、「当時の子どもたちには謝りたい」とコメントしているが、あやふやなことをあやふやなまま抗わずに楽しむ免疫が出来たのは五島さんのおかげです、五島さんありがとうございます。
 ところで作家の命日にその代表作やペンネームなどをつけて業績を偲ぶ文学忌がある。例えば、梶井基次郎なら「檸檬忌」、中島らもだと「せんべろ忌」などなど。五島さんの命日6月16日は「ノストラダムス忌」、いや「勉忌(べんき)」はどうだろう。是非、声に出してこの日を偲んでみようではありませんか。

(注*)五島勉
1929年北海道函館生まれ。作家、ルポライターとして活躍。1973年『ノストラダムスの大予言』を刊行、250万部のベストセラーとなりオカルトブームの火付け役となる。今年6月16日に90歳で逝去。
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