「メットガラ ドレスをまとった美術館」は、とってもインプレッシブ、‘服飾はアートだ’ということを物語るドキュメンタリー映画である。
メットガラとは、メトロポリタン美術館にて毎年5月の第1月曜日に開催される展覧会のことである。パッションとエネルギー渦巻くファッションの世界は、非日常的でエキサイティング。メトロポリタン美術館ことメットの服飾部門は、世界最大の衣装収集を誇り、ヴォーグ誌の編集長で、メトロポリタン美術館の理事をつとめるアナ・ウィンターの名を関した「アナ・ウィンター・コスチューム・センター」を備える。「‘アート’は、絵画、建築、彫刻を指し、それ以外である衣装やファッションは‘装飾美術’と軽視されていた」とは、メトロポリタン美術館館長のトーマス・キャンベル氏(2016年映画制作当時)。また、服飾部門のキュレーターは、「ファッションは、概念と審美性に満ち、究極の技術を要しアートに求める基準そのものであり、服飾はアートだ」と語る。
『19世紀ファッションのディテール』(グラフィック社、2024年)の表紙、リボンストライプが織り込まれたジャガード織のシルクの濃いブルーのデイドレスの写真は、その鮮やかさに一瞬でファッションの世界に引き込まれる。1862年ごろに英国で作られたボディとスカートに分かれるこのドレスのまぶしいほどのブルーは、天然染料と合成染料の両方を使って染色されたもの、特に1850-60年代のイギリスで流行し、街中も屋内もこの色で埋め尽くされたというが、雨の多いロンドンの曇り空を払拭するものだったのかなとも思う。
さて英国ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に所蔵される19世紀男女のファッションの図版を掲載したこの一冊は、19世紀ヨーロッパにおけるファッションの歴史書とも言える。「アニリン・バイオレット」といわれる灰色がかった紫であるモーヴ色は、ウィリアム・ヘンリー・パーキン卿がマラリアの自然治療薬キニーネの合成の研究過程で、偶然にも発見されたもの。技術の革新、産業革命による大量生産など、ファッションの変化が独立した出来事ではないことを物語る。
絵本『ショッキングピンク・ショック!』(フレーベル館、2018年)は、「ショッキングピンク」の生みの親であるファッション・デザイナー、エルザ・スカキャパレリ(1890-1973年)の物語。ココ・シャネル、ポール・ポワレと同時代を生きたスキャパレリは、1920年代に起こった夢や無意識の世界を現実の世界と結びつけ、現実を超えた新しい現実を創出しようとする超現実主義(シュルレアリスム)をファッションで表現した。ラムチョップ(仔羊の骨付き肉)の形をした「カクテルハット」や布につめものをして背骨や肋骨のように見せた「スケルトンドレス」を創作し、好奇心の赴くままファッションとアートの境界線をも飛び越えて、ファッションに自由という風を吹き込み、それは現代へと続いている。
「ファッションとは、衣服のことではない。それは、ひとつの考え方のことだ。あるいは、私たちの時代特有の、ユニークな世界観と言い換えてもいい。ファッションとは、ものの見方、あるいは世界の捉え方なのだ。」とは、『ファッションの哲学』(ミネルヴァ書房、2019年)の冒頭である。つまり、ファッションは技術・産業、文化、地域、思想など世界のすべてをひっくるめた産物であるということ。そして、だからこそ、そもそも「流行」を意味した「ファッション」からは、誰もが逃れられない運命であることのあかしである。さぁ、アンブローズ・ビアス(Ambrose Bierce)の『新編 悪魔の辞典』(岩波書店、1983年)を開いてみよう。「流行」(fashion n.)は、「賢者が、嘲笑しながらも、その命に従う暴君。」とある。
ファッションを考えることは、世界を見つめること、アートを味わうこと、時代を感じることかな。なんだか日常が色鮮やかになる予感がしません?
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