back number

タイトル ライブラリアン・ラプソディ

43 女ふたりの物語 ―映画・本・絵画より―

 『映画と旅する365日-物語のある風景』(パイインターナショナル, 2022年)を開くと、映画にまつわる美しい風景写真とともに、365日それぞれに季節感や映画の設定などによっておすすめの映画が紹介されている。図書館記念日である4月30日には「ニューヨーク公共図書館」、2月4日は中央の豪華なシャンデリアに吹き抜けのガラスの天井の写真が魅惑的な「グランド・ブダペスト・ホテル」。映画冒頭、アルプスの山々を背景にそびえたつグランド・ブダペスト・ホテルがなんとも幻想的で神々しい。ストーリーそっちのけでこの画像に釘付けになる。

 さて、8月30日は「八月の鯨」。毎年夏になると、小さな島の海岸にあるサマーハウスで過ごす、年老いた姉妹リビーとセーラ。幼いころ、8月にこの島の入江にやってくる鯨をよく見に行った二人。部屋に飾られたすでに故人となった家族の写真、老姉妹は思い出の中で暮らしているようでもあり、朝起きて身支度をし一日が始まり、友人との語らい、庭のバラ、散歩、ゆっくりと流れる独特な時間のリズムが彼女たちの今を映している。今年も手を取り合って岬に鯨を見に行く二人の後ろ姿、平坦な日常だがこの日をむかえるまでにどんな‘今’を紡いできたのか。「人生の半分はよくないこと。もう半分で乗り越えるのよ」という姉のリビー、この言葉を共有できるセーラとの日々は、互いの人生が今ここにあることの幸せに繋がっている。

 10月10日、私の大好きな「バクダット・カフェ」は二人の女性の再生の物語。砂漠のハイウェイにたたずむ、さびれたモーテル‘バクダット・カフェ’は、旅人であるヤスミン(ジャスミン)の訪れによって、女主人のブレンダはもちろん、砂漠の乾いた空気ごとマジックのように潤いで満たしていく。そう、私たちが欲しているのはきっと小さな愛の積み重ね。ジェヴェッタ・スティールの歌う「コーリング・ユー」の甘いメロディーが物語を包み、やさしい色使いが私たちのこころのホコリも洗い流してくれるよう。いつ観ても至福のひと時を与えてくれる。
 12月19日は「キャロル」。テレーズとキャロルの出会いは印象的、一瞬で惹かれあう二人の女性、男女というバイアスもどんな理由も必要ない。キャロルのミステリアスで物言いたげな瞳、テレーズの無垢なまなざし、‘目は口ほどに物を言う’のだ。「心に従わない人生に、何の意味もないわ。」とのキャロルの言葉、人生に起こる不幸で悲しい出来事も受け入れる覚悟の表明であり、愛する妻キャロルを失うかもしれない夫の恨めしい仕打ちを一蹴する。状況はどうであれ高潔な魂の勝利である。テレーズの回想録のように綴られる映画のラストシーンは、キャロルとの未来を予感させるように二人が見つめあう。どうか穏やかで美しい未来が二人を包みますように。

挿絵1
※挿絵はクリックで拡大します。

 『女ふたり、暮らしています。』は、ソウルに住むキム・ハナとファン・ソヌの女性二人の共同生活をつづったエッセイである。友人同士で同居を決意、マンションを共有すべくローンを組み、家具を選び、お互いの生活を擦り合わせながら運命共同体となっていく。「女と男という二つの原子の固い結束だけが家族の基本だった時代は過ぎ去ろうとしている。」、多様な形のゆるい結合である‘分子家族’が無数に生まれるだろうというハナの言う通り!むしろそうあるべきじゃないかしら?私と同世代でもある二人の言動は共感の連続。ウェルカム!ゆるい結合。明るい未来はきっとここにある。

 「スケーイン南海岸の夏の夕べ」は、ノルウェー生まれの画家ピーザ・スィヴェリーン・クロイアの作品。優雅な服装の二人の婦人が浜辺を歩きながら、なにやら話し込んでいる。空と海、浜辺の境界があいまいなブルーとグレーの静かな色調が、婦人ふたりの後ろ姿を浮かび上がらせる。日々のささいな愚痴を言い合っているのか、互いの将来を語らっているのか、見る側の想像を掻き立てるが、ここにあるのは劇的なドラマではなく日常の一コマ。日常を繋ぐため私たちは結束する。そして、キャロルの言葉がよみがえる。「心に従わない人生に、何の意味もないわ。」と。

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design pondt.com テンプレート