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タイトル ライブラリアン・ラプソディ

42 冬の味わい

挿絵1
※挿絵はクリックで拡大します。

 寒い冬も悪くない。暖かい部屋で静かに本を開くのは至福のときである。思う存分‘沈黙’に浸ることのできる時間。いっぽう、夏の暑さと日差しは思考が膨張するようで、読書するにも考え事をするにも適しているとはいえず、なんとなく時間を持て余してしまう。
 「ものごとを理解するには沈黙が欠かせない」とは、スザンナ・タマーロの『心のおもむくままに』の一節である。私のバイブル的一冊、何度も読み、友人たちにも贈り、私の手元にあるのは古本屋から買い求めた、これも一度は知人に送ったもの。その見返しには、知人宛てに書いたメッセージが丁寧にのり付けされている。‘私の心の繊細な部分を刺激します’と。

 祖母が遠くへ旅立った孫娘へしるした日記は、すれ違ったまま別れた二人のすきまを埋めるために書かれたもの。同じ時間をともに過ごしながらも、成長するものと衰えていくもの、未来を見つめる孫娘と過去を振りかえる祖母オルガ、オルガが自身の心の奥底と対話しながら語るその言葉は胸を突く。クレープづくりのコツは、なんでもいいからほかのことを考えていなさいというもの。「ものごとの核をねらってしとめるのは、遊び心のほうなのだよ。」とオルガ。20代の頃は理解できなかったこの言葉も倍近く生きてきた今は、人生?それとも神様?は私たちが思っている以上にずっと気まぐれなのだということがわかってくる。「愛は怠けもの向きにはできていない。愛を十分に生きるには、ときにはきっぱりした行動も必要なのだ。」も折に触れ反芻する言葉、愛には体力が必要だ!とこの解釈でいいかな?

 冬の楽しみといえば、「せり鍋」もその一つ。初めて出会ったのは、仙台駅近くの小さな小料理屋、コクのある鴨だしにせりの香りと根っこの歯ごたえがくせになる。寒い季節に水に浸って収穫されるせりは、仙台市のとなり名取市の名産で香りがたって格別である。ライブラリアン仲間との女子会で訪れたその店は日本酒も充実、せり鍋に日本酒、最高じゃなーい!ついつい「綿屋」(宮城県栗原市「金の井酒造」)がすすみ、ついに店のおかみさんからありがたい称号をいただく。「なんだって、横綱みたいに呑むねー」と。その日から私の呼び名は横綱となったのである。おかみ、ごっつぁんです!

 勇敢でお調子者、いつも陽気な「ケケツ」は、スロヴェニアの国民的ヒーロー。スロヴェニア北部の山岳地帯に生まれた作家ヨシプ・ヴァンドットによる、少年ケケツが主人公の物語。『ケケツの冒険』や『けもの道のケケツ』(共にリーブル出版)は、ケケツが冒険や困難を乗り越えて成長し、また日常に帰ってくるという、いわゆる‘ゆきて帰りし物語’でもあり、国が変われど普遍的なテーマは共通している。ケケツの大らかさと時に無鉄砲な行動は、どこかスロヴェニアの友人たちを彷彿とさせ、自然と笑みがこぼれるのである。
 また物語ではスロヴェニアの広大で豊かな自然が描かれ、地理的にアルプス山脈や「紅の豚」の舞台ともなったアドリア海に接していて、その美しい海や山々、緑の野原や谷が思い出されるのである。ブレット湖の澄んだブルー、首都リュブリャナの街並み、神秘的なポストイナ鍾乳洞、写真をながめながら思い出に浸るのにもぴったりな冬のあたたかな午後である。

 「雪経に参(まい)らんよりは竃前(そうぜん)に参らんに如かず」という故事がある。これは「雪の日に寺に出かけて寒い思いをして説教を聞くより、家のかまどの前で火にあたっているほうがましである」ということ。なるほど、昔の人も打算的⁉なところがあったってことか。では私も古人を見習ってストーブの前で巣ごもりしましょうか。

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