東北人おなじみの「メン子ちゃんゼリー」(正式名称:メン子ちゃんミニゼリー)は、小さいカップに入ったフルーツゼリー。子どもの頃から慣れ親しんだ、ノスタルジーを誘う味である。1981年発売のロングセラー商品で、夏には凍らせて、「冷たい、冷たい」と言いながら、口いっぱいにメン子ちゃんゼリーを頬張るのが醍醐味である。
さて、この「メン子ちゃんゼリー」の名称の由来は、東北弁の「めんこい」=「かわいい」「愛らしい」という方言から名付けられたもの、可愛らしい子どものおやつに!という願いも込められている。『仙台方言辞典』を開くと、「メゴい」が見出し語となっており、その他「メゴコい」、「メンコい」とも書かれており、東北でも地域によって表現が少しずつ異なるのである。
また、「可愛い子」という意味で、「mego」「menko」が見出し語となっているのは、『ケセン語大辞典』である。ケセン語とは、岩手県沿岸部の大船渡市、陸前高田市、南三陸町、住田町、釜石市に編入された旧気仙郡唐丹村において、日常用いられている言語をできるだけ忠実に伝えるために編まれた辞書なのである。上下巻併せて2,814頁、34,000の語彙を収録、ケセン語を方言としてではなく、ひとつの独立した言語ととらえ、見出し語はケセン語正書法であるケセン式ローマ字を用いて、全体として文法、語彙、用例、音韻、音調、文字を統一的・総合的に記述した画期的かつ壮大なスケールの辞典である。
「言葉は生きて使われなければならないもの」という編者の山浦玄嗣氏の言葉通り、すべての語彙には文例が付いている。例えば「menko」の語彙には、’Or a ii no menko a dogo sa ig tar e?’ 、「うちの可愛い子はどこへ行ったかね?」という具合である。著者の山浦氏は岩手県大船渡市で医学博士として山浦医院を経営するかたわら、ケセン語研究の第一人者でもあり、独学でケセン語文法大系を書き上げた人物でもある。またカトリック信者として、ケセン語訳で書かれた聖書『イエスの言葉』は、聖書の理解し難い場面や言葉も、気仙衆にもわかりやすい言葉で書かれると、人間に寄り添う温かな情景が浮かび、血の通った言葉となって響いてくる。マタイによる福音書5章3節、「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」(日本聖書協会『聖書新共同訳』)をケセン語訳にすると、
「頼りなぐ、望みなぐ、心細(こゴろぼそ)い人(ひと)ァ幸(しあわ)せだ。
神様の懐(ふとゴろ)に抱(だ)がさんのァその人達(ひたち)だ。」
と、この通り!
井上ひさしの『国語元年』は、主人公である管吏・南郷清之輔が、国家の大事業である「全国統一話し言葉」の制定を命じられ、妻や舅、使用人たちを捲き込んで、言葉をめぐって奔走するドタバタ劇である。明治初期の東京が舞台、山口県出身で長州弁を使う清之輔と、鹿児島弁を使う妻と舅、江戸山ノ手言葉、同じく江戸下町方言、大阪河内、遠野、名古屋、米沢、会津出身の使用人たちのそれぞれの方言が飛び交い、はたまたアメリカ帰りの無口な太吉は時おり英語を発するというカオスな一つ屋根の下。そんな中、「全国統一話し言葉」制定に邁進する清之輔のセリフはまさに方言を言い当てている。「なによりもお国訛りちゅーものは、その土地に生まれ育って人間とまことにしっかりと結びついとるものなのジャノー。言うたらお国訛りとその土地の人間とは夫婦のヨーなものでアリマスヨ。」と。『ケセン語大辞典』の序論、「20世紀という動乱の時代を生きたケセンの庶民の哀歓が溢れている」と締めくくられているように、方言の生命力に改めて感じ入るのである。
では、宮城のご当地キャラクターである「仙台弁こけし」(LINEのスタンプとしても人気!)のセリフを借りて締めくくろう。
「んでまずー(ではまた。)」(の言葉と共に、UFOにアブダクトされる仙台弁こけしのイラストはインパクト大!)
※ケセン語の音調(アクセント)等は入れませんでした
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