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タイトル ライブラリアン・ラプソディ

20 さらば、カルヴァドス

 冬の愉しみといえば、ラミー、バッカス、カルヴァドスと魅惑的な響き。どれも洋酒チョコレートの商品名、大人のチョコレートの定番である。冬季限定発売のため、ついつい買いだめをしてしまい、気がつくと赤や緑、オレンジのパッケージがお菓子の箱を占領することとなり、心躍るようでもあり、背徳感が漂うようでもあり、悪魔の優しい誘惑がささやきかけてくる。「さぁ、心ゆくまでお食べなさい」と。

 ラミーはラム酒×レーズン、バッカスはコニャックを、それぞれに個性豊かな味わいでお腹も心も満たしてくれる。ガラヴァッジョの絵画でも有名、艶めかしい右胸をあらわにする「バッカス」はお酒の神様、「ラミー(rummy)」は英語の俗語で「のん兵衛」の意味と、寒い冬は体の中から温まろう!ということだろう。ラミーのアルコール分はなんと3.7%、東北の冬にはもってこいである。
 私の最近のお気に入りは、ブランデー×りんごのカルヴァドス。カルヴァドス(calvados)は、ノルマンディ、ブルターニュ、メーヌの各地方でシードルを蒸留してつくるりんごのブランデーのことで、1900年頃生産地であるノルマンディ地方、カルヴァドス県の名からとった名称である(『フランス食の事典』参照)。カルヴァドスを一粒口の中に放り込むと、そこに広がるりんごのブランデーの芳醇な香りとチョコレートの甘さがマッチして、体に染渡るようで、さらに胸までもがくすぐったいよう気分になるのである。カルヴァドスマジック!

挿絵1
※挿絵はクリックで拡大します。

 映画「ショコラ」は、魅惑的な女性ヴィアンヌと、同じように魅惑的な甘いチョコレートが、厳格なカトリック教徒の小さな町の住民を優しく溶かしていく物語。彼女の作るホット・チョコレートにはちょっぴり刺激的なチリ・ペッパーが加えられている。予想外のものが出会って引き起こされる化学反応は、チョコレートだけにとどまらず、人間の心にも住民の関係性さえも緩やかに変えていく。ヴィアンヌがある老女のために開くバースデー・パーティ、招待された住民が彼女の料理にうっとりと陶酔するシーンが印象的である。この陶酔の感覚を一度知ってしまったら覚悟を決めるしかない。誘惑にあらがわず、快楽を味わう罪の意識をクっと胸の奥にしまいながら、前進する勇気を!

 ウィーンを代表するホテル・ザッハのザッハトルテは、濃厚なチョコレートケーキ。2段にスライスされたケーキの間には、アプリコットジャムがはさんである。口の中でまったりととろけるチョコレートは、現実を忘れさせるほどの甘〜い世界へ連れて行ってくれる。その夜、夢の中で再びザッハトルテを食するほどに。ザッハトルテは、1832年に製菓人のフランツ・ザッハが創作したといわれており、彼の次男のエドヴァルト・ザッハが1876年ザッハホテルを開き、父のフランツの手がけたザッハトルテをホテルの名物としたとされる。
 甘い記憶は人を安心させてくれる。膜のように心にまとわりついて、恐怖や不安といった外敵から守ってくれるよう。ザッハトルテも同様、ホテル・ザッハの洗練された雰囲気と共に、私をいつでも甘い思い出の地ウィーンへと誘うのである。

 カルヴァドスは、最近その名称を変更した。抒情的な響きを持つカルヴァドス、また芳醇な味わいを連想させ、さらには神の名のようなインパクトを与えるだけに、名称変更は実に残念である。さらば、カルヴァドス。こんにちは、アップルブランデー。快楽の味を知ってしまった身としては、罪の意識に耐えながら前進するしかないのである。

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