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タイトル 司書の私書箱

No.26「仰向けと出会いの手紙」

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 こんにちは。
 環境問題?ですが、私も特にこだわりはなく、だいたいどんな場所でも、どんな状況でも読んだり書いたりしますね。観ていないテレビがついていても読む方に集中できるし、執筆用の椅子でないと筆が進まないなんてことはない。
 ただ、姿勢はちょっとあるかもしれない。読む方については寝転んで読むのがいいですね。小林信彦の本に『本は寝ころんで』(文春文庫 1997)というのがありましたけど、まさにそんな感じです。私の中に入っている本の9割は仰向けになって読んだものだと思います。残りの1割はうつ伏せですけど(座ったり立ったりして読んだものは?)これは腰を痛めますのでおすすめはしません。
 仰向けになって読むことのいい点は、読んだものが上の方から降りてきて、自分の中に入っていくような感覚があるところです。重力を利用するやり方ですね。
 職場でも仰向けで読むことができたら、どれだけ仕事が捗ることか…。

 一方、書く方は仰向けはダメです。書くのは自分の中から何かしら出すことですから、地面と平行になっているとなかなか出てくるものも出てきません。ここもやはり重力を利用して、頭を(何か入っているのが頭なのかどうか微妙なところではありますが)高い位置にもっていって、出てきやすくするんです。
 書き出したときはこんなことは一切思っていなかったんですが、書いてみると案外理にかなっているような気がするのがふしぎですね。

 まじめな話はこれぐらいにしましょう。読書支援、読書環境という話題だったと思います。それに関連してですが、最近よく考えているのは「人は何をするために図書館に来るのか」です。「人はなぜ」とか「人は何のために」とか考えるのは楽しいですね。
 基本的なところでは、図書館には本があるので、それを目的に来る人が多いと思うんですけど、そうばかりでもないだろうな、と。
 「読みたい」「必要」という本が決まっている人もいれば、何かおもしろい本はないかな、と思いながら来る人。これは「読書グループ」としてとらえてよいかと思います。新聞や雑誌を読みに来る人もこのグループに入ります。
 そうではなく、なんとなく、用もなく「入ってきてしまった」人、待ち合わせで仕方なく(?)来た人、おいしいコーヒーやパンを求めて来た人、本に(一見)関係のないイベントに参加するために来た人。こちらを「今のところ非読書グループ」としておきましょう。このグループの方たちは、本を目的に図書館に来るわけではない。しかし、せっかく本のたくさんある空間に来たからには、本に「出会って」ほしいと思うわけです。

 本を、読書を押しつけたくはない。「本なんか読まなくても自分は幸せに生きている」という人に「いや、それでも…」というのはおもしろくない。もともとあった「よいもの」に気がついた、というふうになってくれるといいな、と。
 「ほほう」「へー」「そうか…」「こんな本があったか」「なんで今まで図書館に来なかったんだろう」と思ってほしい。そういう人を増やしたい。「今のところ非読書グループ」から「読書グループ」へ。というのも「読書グループ」は数が少なすぎるのでは、と感じているからです。

 「読書グループ」は図書館に何かを「探す」ために来ているのではないか。そしてこの人たちは「探す」のが上手です。ただ最初から、生まれた時から上手だったわけではないのではないか。何かに「出会う」ことによって「探す」ことの楽しさや大切さを知っていったのではないか。 だとしたらその何かと「出会う」ことを支えていけばいいのではないか。
 そしてもちろん「探す」にも応えなければいけない。「探す」と「出会う」が両立し、共存しているような棚、空間、図書館であることが、多様性擁護の拡大にもつながるのでは、と考えています。

今度こそまじめな話はこれぐらいにしましょう。手紙ってのは本性が出ますね。自分がどれだけまじめなのか、よくわかって興味深いです。なかなか「ふざけた往復書簡」になり切れていないような気もしますが、まあそれもいいのかな、と。(大)

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