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タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第17回 「犯人は誰だ?」と言う勿れ

 図書館アルアルのトラブルの代表格に、騒音をめぐるクレームがあります。私がかつて館長を務めていた図書館でも、「うるさい」というクレームが頻発した時期がありました。

 こういう場合によくある対応が、ポスター掲示と見回りです。「お静かに!」と書かれたポスターを館内の目立つところに貼ったうえで、館内全体の見回りを強化する。これで一時的には収まるでしょう。でも、大抵の図書館は人手不足ですから、だんだん巡回は間遠になります。ポスターだって、そのうち風景に溶け込みます。すると、また「うるさい」というクレームが…。

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 応急措置の効き目が薄れると、副作用が目立ち始めます。まず、注意された人は図書館に来るのをやめるか、やめないまでも反感を抱く可能性が高くなります。実際、乳幼児の保護者からよく聞かれるのは「子どもがうるさいと叱られるから図書館には行かない、行きたくない」という言葉です。図書館員も「来館者は取り締まりの対象」という意識が強くなり、その分、歓待する気持ちは薄れかねません。加えて、館内が命令や懇願のポスターだらけになるのはインテリア・デザインの観点からも問題でしょう。

 こうなると、図書館員の思考はドツボにはまります。たとえば「私達の監視が不十分。同僚に責任感がない。さぼっている。」という自責。あるいは「最近の人はマナーが悪い。小さい子を連れてくるなんて無責任。」という他責。

 でも、待ってください。この発想、安易すぎませんか?自責や他責はなじみ深い思考ですが、創造的とはいえません。「犯人捜し」をする前に、何がそうさせているかを考えてみてはどうでしょうか?

 私がいた図書館の会議では、見回り強化とポスター掲示の失敗の理由について、こんなことが話し合われました。

 第一に、音を出さないと利用できない来館者が意外と多い。たとえば、乳幼児同伴の人。パソコン等のキーボードを利用する人。新聞を大きな音を立ててめくる人。

 第二に、音を出さざるを得ない人が静寂を求める人と同じ空間に混在する状況が放置されている。

 最後に、一部の利用者に加え図書館員自身にも、「静寂な図書館はよい図書館、にぎやかな図書館はだめな図書館」という「思い込み」がある。

 こうして、静寂を求めるポスターを増やすことも、見回りを強化することもやめるという結論に至りました。そのかわりに、幼いお子さんがあまり近寄らない調べ物のデスク周辺を静寂エリアに指定し、静けさを求める利用者をそちらへ誘導することにしたのです。結果として、予算0でクレームは激減しました。

 最近、私は、システム思考教育家の福谷彰鴻さん(https://note.com/akiakiaki/)が主宰するワークショップで学んでいます。何かの問題が生じたときに、自責でも他責でもなく、どんな構造(システム)がそれを生み出しているのかを考えるときに、システム思考はとても役立ちます。あのとき私たちの図書館は、知らず知らずのうちにシステム思考を採用していたのですね。みなさんも、応急措置では片付かない問題にぶつかったら、システム思考をお試しあれ。

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