「本の福袋」をご存じですか。袋詰めにした書籍を、書名が分からない状態で貸し出す図書館サービスです。本来の福袋は、開運のお札を入れる袋らしいですけどね。去年の年末から今年の正月にかけて、全国各地の図書館で貸し出している様子が、多くのメディアで報道されていました。
「福?開運?ばかばかしい…」と思われますか。私は信じていますよ。本は私たちの幸福と深くつながっているのです。
作家の池澤夏樹氏は、以前に取り上げた本の解説でこんなことを書いています。
<書物にできることはいろいろある。知識や情報を授け、一時の楽しみを与え、ことの道理を示し、見知らぬ土地に案内し、他人の人生を体験させ、時には怒りを煽る。しかし、結局のところ、書物というものの最高の機能は、幸福感を伝えることだ。>星野道夫『旅をする木』文春文庫
事業の成功、生活の安定、無病息災等々。必死になって幸せを追い求めるほどに、自分にとって何が本当の幸せなのか分からなくなってしまう。人間には、そんな間の抜けたところがあります。
私が幸福についてイメージするとき、必ず思い出す本を紹介しましょう。大学生の頃に読んだ、19世紀フランスの作家スタンダールの小説『パルムの僧院』です。人文書院から出ていた全集の第2巻、生島遼一訳。獄中に囚われた青年と監獄の司令の娘の、鉄格子を挟んだ一瞬の出会いという、傍目にはとんでもなく不幸で不運なシチュエーション。彼は一度は脱獄したものの、その一瞬の幸福のためだけに、処刑される危険も顧みず獄舎に戻ってきたのでした。
180年も前に書かれたこの物語を読み返すたびに自分の鈍った「幸福センサー」が刺激され、リブートされたような気がします。
「そうそう、本当の幸福感ってこういうもの。」
本の行間に真空パックされた幸福感のコレクションは、長い人生の間に少しずつ増えています。監獄であれ、無人島であれ、どん底に持っていきたい一冊。いや、むしろ有頂天のときにこそ必要な一冊かも。
幸福センサーが激しく反応する本を見つけたとき、自分以外の誰かに知らせ、試してもらうのも楽しいものです。読んでもらいたいページに謎めいたしおりを挟んだりして。司書であれ、書店員であれ、本を誰かに手渡す仕事の原点のひとつは、そんな行為にあるのかもしれませんね。自分のための幸福パックに自力で出会うのは、意外に難しいものです。本に託して幸福感を伝える図書館流「招き猫」の技、お試しあれ。
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