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タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第8回 司書はサナギのときの守り人

 10月のある日のこと。『これからの「社会の変え方」を、探しにいこう。』という本の出版を記念する同名のオンライン・イベントに参加したら、これが物凄いインパクトでした!大学で司書課程の講師を務めているので、授業の参考になればと軽い気持ちで申し込んだけど、結局、授業全体を見直すことにしました。ちなみにこの授業、「地域社会を変えるために公共図書館ができることって何?」という問いに答えようとするものです。

<主語を「わたし」に戻す>と題されたセッションでの江連千佳さんの話は、とりわけ心に刺さりました。江連さんは私立大学の3年生で、自ら起こした会社の代表も務めています。彼女へのインタビュー記事が掲載されている「キャリア甲子園2021」のウェブサイト(注:クリックすると別ウィンドウで表示します https://careerkoshien.mynavi.jp/special/ellen/)から、イベントでの発言と重なる言葉を紹介しましょう。

 進みたい大学を選ぶのに先立ち、彼女は<いろんな本を読んで社会を知って、本から自分の興味を分析し>、その結果、<「私はジェンダーだ」という確信に行きつきました。>

 しかし、通っていた高校では学びたいことにかかわりなく、東京大学を受けるように指導されたとのこと。彼女はこう語ります。

<私がやりたいことが東大にあるなら別にいいけどそうじゃないのにこれは違う、と思い始めて、やりたいことを探そうと思い、受験勉強をやめて図書館に通って本を読みまくったんです。>

 受験する大学を選んでからも、変更を求める学校や親からの圧力は続き、登校する意味がないと考えて図書館に籠ったそうです。

 小さいことであっても、世の中の「当たり前」を変えるには大きなエネルギーが必要です。それでもあえて挑戦する「わたし」となるためには「社会を知り、自分の興味を分析する」時間と場所が大切なはず。ちょうど、幼虫が成虫に変身する前に、サナギとなる時間と場所が欠かせないように。

 サナギとなった人は、いちばん弱い状態の自分を晒すことができる、安全な居場所を必要とします。しかも、昆虫と違って人間のサナギはエサすなわち知を欲します。江連さんの場合、図書館こそが両方の条件を満たす場でした。なお、自分と向き合うための糧は、実用的な知識とは限りません。むしろ、芸術・文学・哲学などの人文系の知識の中にこそ、変身に効く養分が含まれているのかも。

 「地域社会の課題に関する資料で埋め尽くされ、求める人にせっせと提供する図書館」は、「地域社会を変える公共図書館」のイメージとしては不十分。自分の立場や所属に関係なく素の「わたし」に戻り、際限なく知を吸収して咀嚼することができる場でもありたいですね。せっかくヨロイを脱いだのだから、公・民のセクターを越えた対話ができれば、さらに面白いことが起こりそう。

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 そんな図書館で、司書はサナギたちを気長に見守ることでしょう。口に合いそうなエサ(ときには相性のよさそうな別のサナギの情報)を見つけては「気に入るかな」と呟きつつ給仕するのです。羽化するときを心待ちにしながら。

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