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タイトル 猫の手は借りられますか〜図書館肉球譚〜

第7回 司書は下手人(あなた)を犯行現場に誘う

 『わたしのなつかしい一冊』という本、お読みになりましたか。毎日新聞読書欄のコラム50編がまとめられていて、司書の趣味と実益を兼ねた読書には打って付けですよ。50人の執筆者それぞれの心に深く刺さっていた本について読み進めるうちに、自分自身の意識の深層にまでサーチライトを当てているような不思議な感覚に捉われます。たとえればこんな感じです。「本が心を抉ったその瞬間、過去の私が殺される。殺害された自分に変わって、変装した誰かが今の私のポジションで生きている…」

挿絵
※挿絵はクリックで拡大します。

 多くの場合、殺した(あるいは殺された)ことは覚えていても、凶器についてはまったく忘れているか、うろ覚えです。自分に代わって殺人現場に戻り、凶器を探すのを手伝ってくれる探偵がどこかにいないだろうか。警察には通報せず、プライバシーを守ってくれる私立探偵(プライベート・アイ)は...いました!人呼んで司書。またの名を「100万回死んだねこ」。日本の司書は「公立探偵」が多いですけどね。

 依頼者が思い出したわずかな手掛かりから一冊の本を特定して提供する。それは司書の数ある仕事の中でも、もっとも基本的かつ面白いもののひとつです。折角いただいた手掛かりも、覚え違いというケースは少なくありません。凶器となった本を特定する犯罪図書館学の知識が必要なのは無論です。加えて、覚え違いはどのように発生するのかに関する心理学的知識に裏打ちされた経験の蓄積も、この手の調査の成功確率を上げるために欠かせないものです。

 もう一つ大切なものがあります。依頼者の人生に対する思いやりに裏打ちされた、好奇心です。アメリカの心理学者エドガー・シャインはこんなことを述べています。人助けの成否は、助ける側が助けようとする相手に対して好奇心(Curiosity)、思いやり(Care)、そして積極性(Commitment)という3つのCをもてるかどうかにかかっている。本名はエドガー・アラン・ポー?と疑いたくなる見事な犯罪図書館学的洞察ですね。彼の代表作といわれる「黒猫」は、司書ネコ族ならまたいで通り過ぎたくなる不気味な話でしたけど。

 もちろん、かつて司書ネコ族の端くれだった私もさまざまな捜査を手掛けました。「ドウエル博士の首」事件、「猿の手」事件といった「怪奇大作戦」(円谷プロが制作した昭和40年代の特撮ドラマ・シリーズ)ばりの捜査ばかり記憶に残っているところに私の嗜好があらわれていますけど。でも、トラウマ級の怖い話を読んだ記憶はあるけど結末が分からないという訴えは、怪奇と幻想の世界にどっぷり浸っていた自分の過去の経験からもシャインの「3つのC」を禁じ得ない事態だったのですよ。

 なお、『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』は、本の題名や著者名をめぐる「難事件」を集めた、福井県立図書館のウェブサイトの人気コーナー「覚え違いタイトル集(注:クリックすると別ウィンドウで表示します)」を書籍化した新刊です。偶然にも我らがプライベート・アイの異名と同じ書名!ここまでお読みくださったみなさんには興味津々でしょうけど、書店で注文する際はくれぐれも「死んだ」と「生きた」を取り違えないようにご用心ください。まったく別物のトラウマ級にすばらしい絵本が手元に届く可能性が高くなります。それも運命的な出会いかもしれませんけど。図書館で探す際は…信頼できる探偵にご用命を!

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