幼い頃の私にとって、8月は「怪談の季節」でした。現世べったりのテレビドラマも、この季節だけは幽霊や妖怪の類が登場するのがお約束だったのです。今回のタイトル同様の呪文じみた題字が踊る極彩色の映画ポスターが、通学路のそこかしこに貼られていました。幼気な少年を異界に誘おうとするかのように。
前回、夜の図書館内を飛び回るコウモリを話題にしました。季節柄とはいえ創作ではありません。かつての勤め先、愛知県渥美半島にある図書館での実話です。
初夏の朝、早番の司書がカーテンにぶら下がって眠るコウモリを発見しました。好奇心溢れる彼女は猫の本性を刺激されたか素手で捕えようとするも、人となりたる身や哀れ。あっけなく取り逃がしました。挙句の果て、館内狭しと飛び回る彼奴を館員総出で追い回す羽目になったという、締まらない話です。
しかし、ここからが司書という種族の凄いところ。想像力、否、妄想力という飛び道具を使って、この騒動を新事業のきっかけとしたのです。ティーンズ向けのイベントのネタを探していた司書A曰く「コウモリといえば、吸血鬼だよね。」司書B曰く「吸血鬼といえば、お化け屋敷だよね。」司書C曰く「閉館後だったらお化け屋敷になりますよね、館長!」妄想砲の弾は古今東西の文献から無限に補給可能。「怪談図書館」企画発動の瞬間でした。
その夜、照明を落とした図書館は数十万冊を収めた書架のおかげでRPGのダンジョンさながら。1階の玄関からゴールに設定した3階の書庫まで、迷路を逃げ惑う約40人のティーンズ達の悲鳴は止む暇がありませんでした。館員達がゾンビから化け猫までメイクや衣装に工夫を凝らし、エンターテイナーに徹したのは言うまでもありません。
好評に気を良くした図書館では、怪談図書館で朗読するコンテンツを開発することにしました。翌年には、半島に残る数々の不思議な伝承を元に、中高生が怪談話を創作するワークショップを開いたのです。
同じ頃、ふとしたきっかけからこの半島が近代人の心に幻想の種を蒔いた泉鏡花や柳田國男との縁浅からぬ土地であることを知りました。そのご縁で怪談や幻想文学に関する選りすぐりの本を寄贈いただき、斯界の目利きとして名高い方々が薦める名著も買い足しました。これらの本を収める場所として館内の一角に「ふしぎ図書館」を開設した頃には、コウモリ騒動が発端となった一連の事業は「ふしぎ文学半島プロジェクト」と呼ばれるようになったのです。
選書に協力くださった怪談研究の大家から「怪談を大事にする人は、ご縁を大事にする人」と伺ったときに得心しました。いただいたご縁はありがたく生かし、一見して縁のなさそうなものも妄想の及ぶ限り無理やり繋ぐべし。たとえばこの世とあの世のように。これぞ司書猫流、妖しい仕事術の極意です。まずは自然科学の棚にある『コウモリ識別ハンドブック』の隣に『ドラキュラ文学館 吸血鬼小説大全』をそっと置いてみてはいかがでしょう(いずれも類書可)。もちろん2冊とも表紙が見えるように。お試しあれ。
ところで、あのコウモリはどうなったのでしょう。不思議なことに記憶がないのです。幼い私を誘った(?)異界の闇に戻ったのかもしれませんね。
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