7月、猛暑のさなかに、長野県の県北に位置する飯田市を訪ねた。図書館の研修会で出会った友人の急逝の報からちょうど一年となり、礼拝のための訪問だった。声をかけてくれた知人と途中からは乗り合ったけれど、自宅からは車で片道約9時間、650キロくらい。私にとっては、一日で走る過去最高の走行距離である。
友人が勤務した図書館も、友人が好きだった名物の焼肉も毎年8月に開かれる人形劇フェスタも、友人が愛していたであろう飯田の町は、とても居心地のよい心惹かれる町だった。
私が暮らす秋田県横手市は奥羽山脈と出羽山地に囲まれた県内最大の平野の真ん中にあり、その平野は横手盆地とも言われる。日々の暮らしの中で目にする景色は、広がる水田と遠くの山々である。
そんな景色を見慣れている身としては、新潟県を過ぎ、長野県に入って目にする山々の景色は別格だった。高速道路から見える山がとても近いのだ。「すごいすごい」と言いながら飯田の町へと進むと、見慣れぬ眺め。町のなかは高低差があって、ぐるぐると登ったり下ったりと道が続いている。中心市街地が高い位置にあって、見下ろす町並みは碁盤の目のようになっていた。また、町の中を流れる水路が暗渠となっていたり、細い路地の脇に飲食店がぎゅうぎゅう並んでいたりと、どこもかしこも独特の景色だった。今の生活のすべてを放り出して誰も知らない場所に逃げるとしたら、ここはとてもいい、と思ってしまった。
小説の中では登場人物が何事かの事情で逃げ続けたり、見知らぬ土地で暮らしたりということが起こる。『悪人』(吉田修一/著・朝日新聞社)や『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子/著・幻冬舎)や『八日目の蝉』(角田光代/著・中央公論新社)などなど、きっともっとたくさんあるに違いない。そういうのを読むたびに、海だったり山だったり、逃げた先はどんなところだろうと思っていた。私はどこかへ逃げたいのか!(笑)
『照子と瑠衣』(井上荒野/著・祥伝社)は最近読んだ中の爽快な逃避行の物語。長年連れ添った夫に愛想をつかした照子と、さっさと老人マンション暮らしを決めたのにそこでの人間関係に辟易した瑠衣。ふたりは70歳をむかえた元同級生。使われていない八ヶ岳の別荘へ忍び込み、助け合って楽しく暮らしていく。もちろん不法侵入は犯罪だし、そんなに上手くいくかな、なんて思わせるところもあるけれど、ふたりで果敢に冒険に向かっていく姿は頼もしくもある。いくつになっても、女性でも、そこが見知らぬ場所でも、信頼できる誰かと一緒だったら新しいことを始められるんじゃないか、と思わせる。読後には少しの勇気が湧いてくる、そんな一冊だ。
やっぱり逃げるのは止めておこう。空の住人になってしまった彼女の分も少しは頑張らなくては!飯田の町にはまた行こう。きっともっと美しい景色を見つけられるはずだ。(石)
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