back number

タイトル 本の風

第30回 「大きな木の下で」

 久しぶりに昔住んでいた実家の前を通りかかった。今はもう別の住人がいるので外から眺めることしかできない。せっかく来たので近所をひと回りすると、家のそばにあったはずの雑木林が更地になっていて、ブルドーザーが1台ぽつんと止まっていた。呆然としながらも、あとで家族に報告しなくては、と写真を1枚だけ撮った。
 そこにあったはずの林で、私はよくひとりで遊んだものだった。落とし穴を掘ったり、秘密基地を作ったりしていると、鳩やカラスが近くにやってくる。そのときにずっと聞こえていた「ホッホー」という鳴き声や、木々のざわめく音や自分以外の生き物の気配などは今でもぼんやり覚えている。
 そのころ母に連れられ、公民館で「禁じられた遊び」の映画を観る機会があった。内容はもうほとんど思い出せないが、私はそのあと林に墓地をつくることに目覚めた。埋めたものはもぐら、ネズミ、猫、犬、ハト、スズメなどである。畑や林をぶらぶら歩いていると、結構見つかるものなのだ。スコップで穴を掘り、野草で花束をつくり、小枝と草で十字架を作り手を合わせると、やるべきことをやったという満足感に浸れるのだった。

 『くまの子ウーフ』(神沢利子/著 ポプラ社)は教科書にも出てくる有名な物語だ。ウーフは一人で遊びに出かけてはいろいろなことに出くわし、本人はいっしょうけんめい考えては、試し、発見しながら日々成長している。
 小学生のころにも読んだが、いま読み返すと面白くてたまらない。ウーフは子どもの頃の自分とよく似ている。ちょうちょのお墓を作って泣いても、アリはころしてしまったり、自分はもしかしたら、おしっこでできているのではないかと真剣に悩んだり、この世の謎と格闘しながら生きている。  

 つい最近、大切な友達が逝ってしまった。数年ぶりに会ってたくさんしゃべって、また会う約束もしていたがひと月も経たないうちにその知らせを受けた。彼女とは中学生からのつきあいだった。それまで「笑い転げる」とは言葉では知っていても、あまりにも笑いすぎると立っていられず、転がるしかないなんて彼女に会うまで知らなかった。学校の廊下で、部活帰りの道の真ん中で、私たちは何度もおなかが痛くなるほど笑って、笑って、笑いあった。

 「くまのプーさん」や「ちいさいおうち」など、日本の子どもたちのために面白い本をたくさん翻訳し、届けてくれた石井桃子氏の有名な言葉がある。「子どもたちよ 子ども時代をしっかりとたのしんでください。おとなになってから老人になってからあなたを支えてくれるのは子ども時代の「あなた」です」(「石井桃子のことば」中川李枝子 他/著 新潮社)
 この言葉どおり、私は子ども時代の私に支えられて、今日も生きている。(真)

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design テンプレート