back number

タイトル 本の風

第26回 「5月の香りは緑の香り」 

 風薫る 物見台での ひと休み
 私が中学1年生のときに詠んだ一句。校外学習に出かけた後に国語の授業で、その時のことを五七五で表現しましょうとなり、一句ひねったものでした。校外学習そのものは、行先も内容も驚くほど記憶に残っていないけれども、この俳句をずっと覚えているのは、なんのことはない、とても褒められたものだったからです。先生による評がなされ、生徒の作品が廊下に貼りだされると、私の一句には見事、金ぴかの札が貼られていました。たいそう得意になったのは言うまでもありませんが、その後、そちら方面の才能が開花するわけでもないので、その程度のことです……けれども、青葉や若葉の香りをまとった風が吹く様を表現した季語の「風薫る」は、一年で最も好きな季節を彩る言葉として、また、ほんの少しの良き思い出が加わった言葉として刻まれています。

 ここ数年、俳句がブームらしいと聞きます。俳句を扱ったバラエティー番組があったり、俳句旅と称して全国各地を巡る番組があったり、どちらも俳人の夏井いつきさんが出演。彼女がブームの立役者と言われ、図書館でも著書は大人気です。個人の利用はもちろん、公民館など生涯学習施設への貸出も喜ばれています。
 俳句や短歌は生涯学習施設で開催される講座や市民グループの自主活動も盛んで、こういった方々の貴重な発表の場は新聞掲載のようです。選者によって選ばれた読者投稿欄に見知った名前を見かけることもよくあります。毎週毎週、特定の新聞の俳壇欄を複写依頼される方、雑誌を毎月欠かさず借りていかれる方など、熱心な方が多く、ほとんどは高齢者が中心ですが、ブームに乗っかって裾野が広がるといいなあと思っています。(中高生と高齢者による俳句バトルとか、図書館でやったら面白いなあというのは限りない妄想のひとつ)

 図書館で起こる悩ましいことのひとつに、市民からの寄贈本の申し出があります。地域資料に関しては大喜びで頂戴します。(図書館で持っていないものであれば更に喜ぶ!)予約待ちが多いベストセラー本や定評ある絵本など、蔵書として複数冊あってもよいと判断できるものも有難く頂戴します。しかし、その他の多くのジャンルは、それぞれの図書館で基準が異なるとは思うけれど、判断して捌いていくという時点で、悩ましい。良かれと思って図書館まで持参してくださった労も加味すると、本当に申し訳ないと思うのですがごめんなさいのことも多くあります。
 一度にまとまった地域資料を寄贈いただくこともあります。郷土史家の方や教員をされた方、地域にゆかりのある方などがご逝去された少し後、遺族の方に相談される場合が多く、ご自宅に伺うなどして寄贈いただくことがあります。
 ある日のメールでのご相談は、歌人の方のご遺族からでした。一度見に来てほしいとのことで行ってみると、アララギに入会して土屋文明などに師事した鹿児島寿蔵を師とした方で、その鹿児島氏の著書や斎藤茂吉、北原白秋の本、また、つながりのある方々が自費出版されたと思われる句集の数々。それはそれは膨大な数の本でした。どれを図書館の蔵書として整理し保存するのか、悩みは続きます。半世紀以上も前に、地域にも歌を嗜む人々が大勢いて、盛んに活動していたことが垣間見えることは、活字が本という形になって残されているおかげなのだと改めて感じた出来事でした。

 そうそう、館内の企画展を見に来られた方をご案内した後「この句をあなたにあげましょう」といって一句詠んでいただいたことがありました。
 のうぜんか(凌霄花) 爪に絵を画(か)く をんなかな
照れくさいやら恥ずかしいやら、なんとも嬉しいことでした。今日もまた、図書館であなたをお待ちしています。(石)

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design テンプレート