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タイトル 本の風

第21回 「光陰矢の如し」 

 結婚して10年経ってから、子どもを授かった。元気な妊婦だったので、いろいろ調べて助産院で産むと決めた。スパルタの先生のもと自然出産のためにヨガをしたり、泳いだり、逆子がわかった時は逆立ちまでした。予定日を1週間過ぎてしまったので、マンションの14階までの階段を何度も往復して陣痛が来るのを待った。そして、いざ出産となり、弱腰の夫を立ち会わせ、へその緒を切ってもらった。性別を聞かないようにしていたので、女の子だとわかった時には、仲間が一人増えたようで嬉しかった。生まれたてのわが子の目はびっくりするくらい澄んでいたので、それにちなんだ名前をつけた。

 1歳半から保育園に預け、保育士の先生や、近所の人に見てもらって子どもは大きくなった。なんとか仕事は続けていたが、いつも時間に追われていたし、真っ直ぐ家に帰るのが嫌で、カフェでぐずぐず寄り道した日もたくさんあった。そんな日は後ろめたくて、帳尻合わせのように絵本の読みきかせをした。

 『おつきさまこんばんは』(林明子/著 福音館書店)は、娘が生まれた時からの愛読書だ。保育園の帰りに、自転車の後ろの席で「おつきさまこんばんは」と彼女が言う。余裕がない私は前しか見ていないものだから、そこで初めて月を見る。「あーほんとだ、まんまるおつきさまこんばんは」と優しい気持ちになって答える。二人で「こんばんは」「こんばんは」と何度も言い合った。保育園で10時間以上過ごしている娘に、急き立てることしかできなかった自分を何度も落ち着かせ、私たちを温かい気持ちにさせてくれた絵本だ。

 たくさんの本を読んできたつもりだが、子どもと心が通じ合ったと思えるものは実はそんなに多くはない。自分の好きな本と、子どもの好きな本はまた違うのだから仕方がない。けれどもおかげで、子どもは個性を持った自分とはまったく別の一人の人間なのだということも早々に理解した。

 娘は、勉強は苦手だと言いながらも進学する道を選んだ。受験の当日、「ママもついてきて」というので、過保護だなあと思いながらも電車に乗って学校の前まで見送った。秋晴れの中、終了時間までスマートフォンで検索して見つけた神社に行き、合格階段と別名を持つ階段を上って祈願した。帰りに写真を撮ってもらえないか、声をかけられた。アメリカからやってきたばかりだというその青年が、日本はきれいで人も親切で本当に素晴らしいと言ってくれたので、私は娘の合格のために神様に頼みに来た、日本を好きになってくれてありがとうと言った。「大学」という単語がどうにもこうにも韓国語しか思い出せず参ったが、いつものようにアイコンタクトと気合で言葉の壁はなんとかして「Have a nice day!」と、お互い良い1日であることを願って気持ちよく別れた。

 その後、疲れた顔で戻ってきた娘と韓国料理屋に行った。チヂミをパクパク食べながら「うまくいったかわからないけれど、頑張った」と自画自賛している娘を見ながら、大きくなったなあ、あとは楽しくやってもらって、そろそろ子離れかなあ、と嬉しいような寂しいような気分を味わった。(真)

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