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タイトル 本の風

第14回 「読むだけで瘠せる本」

 前回、福井県立図書館編著『100万回死んだねこ』について書いてから、久しぶりに思い出すことがあった。

 30年ほども前、自動貸出・返却機などもちろんない頃の、小さな図書館でのエピソードである。図書館員と利用者との距離が今よりずっと近かった時代の、図書館むかしばなし、かもしれない。

 まず、『100万回死んだねこ』にも負けない事例その① 「読むだけで瘠せる本、ありませんか?」こう言われた方は、大真面目だった。お見受けするところ、ダイエットが必要とは思えなかったので、あればぜひ読ませたいご家族があったのかもしれない。「さすがに、それは…」と答えに詰まり、それからどう対応したのだったか。
 あとで事務室で話したところ、「あれば自分が読みたい!」と言う同僚が何人もいたことは覚えている。

 その② 返却する本を、大事そうにカウンターに置き、「とてもいい本だったので、ぜひ手元に置きたい。ゆずっていただけないでしょうか。」と言われたのは、やや年配の女性。
 この方も真剣そのもので、お財布を取り出しそうな様子だった。
 この時は、一緒にカウンターにいた先輩が応対し、「そんなに気に入っていただいたのですね、でも、これは公共図書館の本なので…。」とていねいに話してくれて、納得していただいた。その間に、絶版ではないことを確かめ、書店で入手できること、また貸出中でなければ図書館にはいつでもあることもお伝えしたのだった。何というタイトルの本だったのか、思い出せないのが残念である。

 次は、今も「図書館あるある」かもしれない事例① 借りていった紙芝居のうちの1枚を紛失してしまったと言う若いお母さん。
 これは本の汚破損と同じで、弁償していただく決まりである。そうお伝えすると、顔色が変わった。「税金で買ったものを、何でうちが弁償しなくてはいけないんですか!?」と語気が荒くなってきた。小さな声でくり返しお願いしたのだが、とうとう「わかりました、主人と相談してお返事します!」と言ってお帰りになったのである。「その通りだ、放っておけ!」と言うご主人だったらどうしようと皆で気をもんだが、翌日、弁償の手続きをしてくださり一件落着。いろいろな方がおられるものだ。

 その② リクエストカードに書かれた書名は『ばらの名前の本』。受けた職員の確認ミスなのだが、当時、話題になっていたウンベルト・エーコの『薔薇の名前』か、それともバラの図鑑の類か、あるいはバラの花の名の由来を知りたいのだろうか? 結局、ご本人に電話で確認し、エーコの本と判明。
 また、「福祉の本」と書いたリクエストカードを出した、おとなしそうな小学校高学年の男の子。福祉、の関わる分野は広い。ゆっくりインタビューを進め(早く探してあげようと、こちらのペースで質問すると、もういいです、と言われることがある)、ようやく「盲導犬について知りたい」にたどり着き、ほっとしたこと……カウンターは日々、スリリングな真剣勝負の、大好きな場所だった。

 ところで、これを書いているのは3月、年度末である。毎年この時期になると、今度、転勤になりまして、と返却のついでにご挨拶をくださる方が何人もいらした。大抵は常連の方で、これまでのご利用に感謝し、別れをおしんだものである。
 そう、さつきちゃん、メイちゃんという愛らしい姉妹を連れて、いつも日曜日に来館されていた、トトロのように大きな優しいお父さんはお元気だろうか。もしかしたら孫を連れて、どこかの図書館で絵本などを選んでおられるかもしれない。

 絵本といえば、日本でも長く愛されている『てぶくろ』(エウゲーニー・M・ラチョフ絵 うちだりさこ訳 福音館書店刊)は、ウクライナ民話である。2022年3月、どうか一刻も早くウクライナに平和な日常を、子どもたちに笑顔をと、強く願う。
 
 さて、7回にわたり、拙い文をお読みくださいまして、どうもありがとうございました。心から感謝申し上げます。次回から、若い気鋭の筆者が登場します。どうぞお楽しみに!(む)

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