どのページを開いても笑える本で、マンガ以外では珍しいのではないだろうか。
しかも内容は大真面目、編集者は福井県立図書館という『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』講談社 2021年10月刊 は、ひと月で6刷、5万部発行となり、図書館関連本としてはかなり異例の大ヒットである。(1月1日現在7万部)
『100万回死んだねこ』は、ファンも多い佐野洋子の絵本『100万回生きたねこ』の覚え違いである。本を探しに図書館へやって来た人が、いつも正しいタイトルや著者名や内容を伝えるとは限らない。覚え違いは誰にだってあることだ。
その実際の事例の記録から厳選してでき上がった本である。ツイッターでその存在を知り(もともとは福井県立図書館のホームページに公開)、面白さもさることながら、断片的な情報から本を突き止める司書の名推理に感動を覚えた編集者が、同館に手紙を送り、書籍化の同意を得たということだ。その熱意には、読み返すたびに感謝したくなる。
さて、いくつか挙げてみよう。同じく絵本では、『ウサギのできそこないが2匹でてくる絵本』→ファンが泣いて抗議しそうだが、これは『ぐりとぐら』。
名著も記憶の中では大胆に変化する。『昔からあるハムスターみたいな本』→『ハムレット』『夏目漱石の『僕ちゃん』』→『坊っちゃん』『海の男』→『老人と海』『ひやけのひと』→『火宅の人』
著者名も然りで、『ラムネかサイダーみたいな名前の新人作家』→『清涼院流水』『みやけん』→『宮澤賢治』
これらを、司書の知識とコミュニケーション力、推進力、想像力、検索のテクニック等を駆使して突き止め、求める人に提供するのは、図書館の大切な仕事のひとつである。「求められた資料は草の根分けても探し出し、提供する」と、司書課程で学ぶあいだに叩き込まれているはずで、難解なオーダーほど腕が鳴る、という司書は少なくないはずだ。
ところで、この本の素晴らしさは、掛け値なしの、その面白さだけではない。
表紙の見返しのひとこと、続く「はじめに」、最終章の「そもそもレファレンスって? 司書の仕事って?」にも、拍手を送りたい。
「レファレンス(サービス)」とは、そのまま引用させていただけば、「司書が図書館の資料等を用いて利用者のみなさんの調査・研究をお手伝いすることです〜学術的な問い合わせに限らず、身近な事柄に関する調べ物ももちろん対象にしています」ということで、まことに便利な、頼りになる図書館の仕事である。
しかし残念ながら、「レファレンス」はいまだに業界用語のようなもので、広く社会に知られているとは言い難い。それを、とてもわかりやすく、温かな語り口で解説し、「それでは、今日もカウンターでお待ちしています」と結んでいる。まるで笑顔で手を振って、利用者を待ってくれているようだ。
いいなあ、福井県立図書館。きっと、カウンター業務が大好きな、プロ集団なのだなと思う。こういう「ウエルカム感」がほとんど感じられない図書館が,実はけっこうあるのだ。雪と、コロナウイルスの心配がなくなったら、ぜひ訪ねてみたい図書館である。
最後に、この言葉も改めてかみしめたい。「図書館は民主主義の砦」。いつでも、誰でも、無料で、求める情報にアクセスできる、それを保証するのが図書館だから、民主主義の砦。こう熱く語る先生に出会い、司書を目指した職員も複数いるというエピソードも語られる。
ごく最近も、この本を授業で使ったという先生にお会いした。この言葉が、今どきの学生さん方の琴線に触れ、熱い司書を目指してくれたら。そんな期待まで持たせてくれる本である。(む)
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