つい先日、大きな地震があった。そのときとっさに思ったことは、いやだ、まだやりたいことをやりきってない、だった。家族の心配もしないで親としてはどうかと思うが仕方ない。なにしろ平日は毎朝6時半までに子どもの弁当をつくり、朝食準備に後片付け、洗濯、掃除、猫とメダカの世話まで済ませてから、仕事や、ボランティアをちょこちょこしていると、自分のための時間は思ったより取れないものだ。
母が生前、「女の人の時間は思っているより少ないから、やりたいことはやっておきなさい。」と言っていたが全くそのとおりだ。文句を言いたい先はあちこちあるが、日々の生活をまわすには自分が動いてしまったほうが早い。そんなわけで、ストレスがひたひたと溜まってきてだんだん自分の心がやさぐれてくるのがわかる。プールで泳いでも、整体に行ってもいまいちすっきりしない。こんな時は自分より上手に生きている人をお手本にしてみるのが一番いい。
『あやうく一生懸命生きるところだった』(ハ・ワン/著 岡崎暢子/訳 ダイヤモンド社)は韓国の厳しい競争社会の中で、ずっと真面目に努力してきた著者が40歳の誕生日を前に「今日から必死に生きないようにしよう」と決心して仕事を辞め、頑張らない人生を実験するところから始まるエッセイである。表紙はパンツ1枚で気持ちよさそうに寝転がっている著者と思しき男性の背中にさらに猫がのっかっていて脱力感満載であるが、そこまでの境地にたどりつくまでには、いろんな人からいろんなことを言われ、たくさん苦労したことが読めばわかる。
美大出身の著者は日本の文化にも若いころから影響を受けていて、村上春樹の『風の歌を聴け』や、マンガの『スラムダンク』や『ドラゴンボール』などを通して感じたことをたくさん語ってくれている。私も楽しんできた映画や本が他にもでてくるので、親近感を持たずにはいられない。
この本を一番熱心に読んだのは、去年退職をするかどうか悩んでいた頃だ。家族や友人に相談しようと思えばできたはずだが、それよりもハ・ワン氏の描くイラストや言葉が私の背中を押してくれた。
韓国と日本でベストセラーになったあと、今年になって2作目が出たが、『今日も言い訳しながら生きてます』というタイトルどおり、その後の日々が書かれている。本が売れすぎてしまったために嫌なメッセージを受けたり、大変そうではあるがそれでも彼の理想の、一人暮らしで家にいる時間を大切にしながら仕事と家事の気分転換にする散歩や、カフェから眺める幼稚園帰りの親子や道を横切る野良猫の姿に和むことができるのんびりと時間に追われない暮らしが継続できているようで安心した。なんだかもうすっかり友達の近況を教えてもらうような気持である。
最近のインタビュー記事では、日本に旅行に行きたいと言ってくれているので、もし会える機会がやってきたら韓国語で何を伝えようかと今からイメージトレーニングしている。(真)
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