やむを得ぬ「おこもり生活」も、1年半余りになる。
医療の現場におられる方々には、ただただ感謝するのみだ。一刻も早く、少しでも状況が良くなるよう祈るほかなく、こちらはできる限りの自衛に努める日々である。
それでも時には、「どこかへ行きたい!」と叫んでしまうのは。私だけではないだろう。どこか、とはもちろん、日常の生活圏の外、である。
そんな時に目に毒なのは、たまたま定期購読をしている旅行雑誌だ。この夏の特集ときたら、『夏の大満足・1万円旅』『避暑を楽しむ高原リゾート』『この秋乗りたい! 絶景列車の旅』。県境を大きくまたいだ行動をぜひ、と言わんばかりのテーマが目白押しで、垂涎、どころではない。
何の憂いもなく、行きたい所へ行けるのはいつになるのか、表紙を見るだけでため息が出る。
そこで、開けばスッとその中に連れていってくれる、とっておきの1冊の出番だ。
太田大八作・絵『だいちゃんとうみ』福音館書店刊 は、長崎県大村湾の海辺での一日が、あふれる臨場感で描かれた、それは美しい絵本である。
私事になるが、海なし県で育ったので、理屈抜きで、海への憧れが強い。海は「遠くにありて思うもの」であり、夏休みなどにわざわざ連れて行ってもらう、遠い、特別な場所だった。憧れは、今もそう変わってはいない。
これは、ご存命なら103歳の作者の少年時代がモチーフなので、おそらく昭和の初め頃の話である。
夏休み、親戚に泊まりに行っただいちゃんは、仲良しのいとこたちと、早朝から海に出かける。自分たちで採った川えびを餌に、手から釣り糸を垂らすだけで、鯛やきすが次々と釣れるのだ。お昼には、貝を採って炊きこんだ「みなめし」を作り、年かさのいとこが作ってくれる、とれたての魚のお刺身とみそ汁で、浜辺の食事。午後もたっぷりと海で遊び、日暮れの道を帰ると、「ばんごはんのでけたよう、はよ、おいで」というおばさんの声が迎えてくれるのだ。
一日のそれぞれの場面にも胸が躍るが、いちばんの魅力は、全てのページで色を変えてゆく「海」の美しさだ。早朝、冷たさを感じる深い青の海、昼間、次第に強くなる日射しが溶けて光る明るい海、夕方、夕焼けが何色にも映って広がる海。
作者は、どれほどの思いをこめて描かれたのだろう。
この絵本は、幼い男の子のハートもつかんだ。いま小学校4年生の友人、リョウ君が3歳の頃、これが大のお気に入りだった。
ある時、どこがそんなに好きなの? と母親がたずねたことがある。
リョウ君の答えは端的だった。「うみが、きれいだから。」。彼の好きな釣りでも、舟でも、木の上のやぐらでもなかった。
そのことに驚いた私は、子どもの目と感性を、どこかで甘く見ていた不覚を恥じたのである。
美しい海が、幼い子の心にどんなふうに広がっていたのか。リョウ君は今なら、少し詳しく話してくれるだろうか。ゆっくり会える日を心待ちにしているところである。(む)
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