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タイトル 本の風

第4回 「ちいさなライオン」

 フランスでの出版から74年を経て、写真絵本『ちいさなライオン』(ジャック・プレヴェール文・イーラ写真・小髙美保訳・文遊社)が、今年2月、初の邦訳・出版となった。
 ジャック・プレヴェール(1900-1977)ときいて、すぐにシャンソン『枯葉』の詞を思い出す方もおられよう。フランスの大衆に愛された国民的詩人、また『悪魔が夜来る』(1942)や『天井桟敷の人々』(1945)などのシナリオ作家としても知られる、あのプレヴェールである。「闇の中で三本のマッチをひとつずつ擦る……」で始まる『夜のパリ』(大岡信訳)、『この愛(アムール)』などの詩に、胸を熱くした方も少なくないのでは。

 一方、動物写真家イーラ(1911-1955)は、写真絵本『二ひきのこぐま』(松岡享子訳・こぐま社より1990年刊)などで、すでにおなじみである。
 この作品は、イーラがプレヴェールの文章を強く希望して完成したという。「子どものためのおはなしを書くときにも、子どもだけでなく大人のひとにとっても大切なことを伝えたい」というプレヴェールの思いに、深く共感していたのだろう。
 イーラの写真は余計な甘さがなく、詩情とエスプリに満ちている。そして、平易な言葉を使い、軽やかにユーモアを織りまぜながらも格調あるプレヴェールのテキストには、時に陶然としてしまう。

 さて、物語はというと、母ライオンからジャングルの冒険の話を聞いたライオンの子が、動物園を抜け出し、様々な体験をして戻る、というものだが、まだあどけないライオンの子には、なかなかシリアスな展開である。
 そしてライオンの子は、弟に、外での体験を話してきかせるのだが、少しだけ、話をふくらませる。

 このラストシーンを、プレヴェールはこう結んでいる。
「弟に、想像のつばさならぬあしをつかって、すこしだけつくりばなしをしたからって、だれがライオンくんをせめることができるでしょうか? ほんとうのはなしが、いつもうつくしいとはかぎりません。ライオンの子供も人間とおなじように、しんじつというにがい水には、夢という酒をまぜたいのです。
 植物も人間も動物も現実のなかで生きていかなければなりませんが、生きることのなかには、すばらしいことがかくれていたり、つくりばなしがしんじつになることもあるのです。」
 
 この絵本を読んだ、あるいは読んでもらった子供たちはいつか、自分たちがどんなに洒落た上質の文学を与えられていたか、気づくだろう。「奇蹟のコラボレーション!」という帯の一文は、決して大げさではない。
 叶うことなら、この原書のよみきかせをしてもらい、そのフランス語の響きの中にも浸ってみたいと思い続けている。(む)

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