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タイトル Hidden Library,Invisible Librarian

1. スタットコードの流れる図書館

その図書館の多くは、特定の人しか入ることはできません。
その図書館を利用する人の多くは、医務用の制服を着ています。

その図書館に「スタットコード」が流れない日は、ありません。

「病院図書館(hospital library、病院図書室)」です。

すべての病院に、図書館がある訳ではありません。比較的規模が大きく、公的機関の認定1) 2)を受けているところであれば、設置されていることが多いです。病院図書館は、職員以外が入ることのできない場所にある、いわば、隠された図書館(hidden library)です。

病院図書館で働く司書は、「病院司書(hospital librarian)」「臨床司書(clinical librarian)」などと呼ばれます。主に病院職員に対して図書館業務を行う、医療情報サービスの専門職です。いわば、隠された図書館にいる、見えない司書(invisible librarian)です。

その隠された図書館にも、利用者はやってきます。

担当する患者の症状に近い症例報告と、電子カルテを交互に見つめる医師。
研究発表に備え、スライドと統計のアプリを開いて作業を行う看護師。
臨床教育指定施設の審査のため、関連書類をまとめる総務課の職員。

…ほか、いろいろ。

司書は、いつ、どんなことを彼らに相談されても即座に対応できるよう、データベースなど関連するリソースの画面を開き、資料の整理を行いながら、利用者を見守ります。

キーボードを打つ音と、研修医と話す上級医の穏やかな声以外は聞こえない、静かな館内。

ふいに、書架の上に設置されたスピーカーから、放送が流れます。
利用者全員が作業の手を止め、放送に耳を傾け、内容に応じて動き出します。

利用者の動きを変えたのは、スタットコードです。

病院では、毎日、図書館を含む院内全体に、スタットコードが流れます。

スタットコードとは、すべての病院関係者への周知を目的とした緊急放送のことです。状況に応じて必要なスタッフが適切に対応できるよう、また、患者などに無用な不安を抱かせないよう、色を符丁のように使って簡潔にアナウンスします。

テレビドラマのタイトルにもなった「コードブルー」も、スタットコードのひとつです。ブルーは多くの病院でドラマと同じ救急救命を目的に使っているようですが、スタットコードが必要な状況はほかにもあるため、イエロー・レッド・グリーン・ホワイトなどの色を使い、各病院がそれぞれでルールを設け、使い分けているようです。

司書が、スタットコードを受けて現場へ走ることは、まず、ありません。

もちろん司書も、病院で勤務する上での最低限の対応はしています。

入職前には、抗体検査の結果を提出し、必要であればワクチンを接種します。
新人職員の研修では、緊急時の対応や正しい手洗いの方法を学びます。
救命講習の受講は必須で、筆記と実技の試験に合格しなければなりません。

司書に召集がかかるようなスタットコードは、余程のことが起きた時。
起きないに越したことはないのですから、走らない方がいいのです。

でも、スタットコードが流れると、どの色であっても、司書の背筋はすっと伸びます。
自分も見えないながらに医療を支える職員なのだという思いを、常に持っているからです。

病院図書館に、スタットコードの流れない日は、ありません。

「どうか小事で終わりますように」

医療職が現場に向かった際に机から落ちたペンを拾いながら、司書は願います。

どこかの病院にいる見えない司書は、隠された図書館で、今日も静かに職務を遂行します。

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