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連載エッセイ うごく・はこぶ 石川敬史

23 「働くこと」と「生きること」

 ここが「東京都」とは思えない新緑に囲まれた檜原街道。多摩地域の山間部を流れる秋川と並走する。天気の良い休日ということもあり,数多くのロードレース用自転車やバイクが走り抜けていく。この檜原街道沿いに1台のトレーラー型の車体が停車している。御根家(おねや)という古民家を改装したカフェ(宿泊も可!)に隣接する場所である。

 ランドローバーの伝統色であるケズウィック・グリーンと同色の深緑色で,丸みを帯びた外観。なんとも可愛らしい不思議な車体である。最後部のテールランプも丸型で,ドアや窓も丸い形状でできている。じっくり眺めていると,新緑あふれる秋川渓谷の景色と同化し,トレーラー型の車体であることをすっかり忘れてしまう。

 車内に入ると白色を基調とした綺麗な空間が広がっている。土足厳禁だ。大きな窓に面した白く長い机と椅子,後方にはソファ型の椅子に簡易的なテーブル,前方にはエアコン,コンセント,数々の収納が,天井には照明などが装備されている。机の上には,プリンター,ノートパソコン,タブレット端末などもある。驚くのは,車体後方がひとつの大きなドアとなり,大胆にも上部へ開閉できることである。さわやかな風が車内に入り,一気に開放的な空間へと変貌する。まさに「車内」に居ることを忘れてしまう。

 このトレーラーは,株式会社クロコアートファクトリー(神奈川県相模原市)が開発した軽量ハウス型トレーラー「Roomette(ルーメット)」である。「かながわ産業Navi大賞2014 フロンティア部門大賞」を受賞した車体は750キロ以下の軽量・小型であるため,けん引免許を必要としない。「Roomette」とは小さな部屋の意味で,約6畳と約4.5畳との2種類があり,移動販売(キッチンカー)や移動式カフェ・バーをはじめ,キャンピングカー,宣伝カー(コマーシャルカー)などの製作実績がある。もちろん車検もあるが,維持費も安価とのことである。

 1年くらいここ停めて,キャンプ場のプロデュースをしています。

 青い空と新緑の木々が広がる開放的な移動式オフィスの中で,トレイルヘッズ株式会社・代表取締役の山口陽平さんよりお話を伺った。

 ここに来るのは,週1回か,月に1‐2回の頻度になりますね。

 同社はオフィス・商業空間のプロデュースや,分野を横断したイベント空間のプロデュースを手がけているという。「BEYOND WORKING」をコンセプトに,働く場とその周辺をプロデュースする集団である。Webページをみると,同社には実に多彩なパートナーが存在する。そして2017年6月,これまでの東京都渋谷区とは別に,この檜原村にも拠点を設けた。

 当初は消防車などトラックを改造しようと思っていましたが,この「OFFICE CARAVAN」は運転席と切り離しができるので,ここに置いて帰ることができます。

 「OFFICE CARAVAN」の導入は,2015年秋頃に山口さんがDRIVETHRUの神保匠吾さんへモバイルオフィスの相談をしたことがきっかけである。そして「OFFICE CARAVAN」プロジェクトが2016年6月に開始。同社のモバイルオフィスとして,三重県伊勢市や山梨県北杜市などへ出かけることのみならず,「TAMARIBA 2017」(東京都狛江市)に移動図書館として参加するなどの活動を広げている。現在は,この檜原村においてキャンプ場をプロデュースするとともに,「OFFICE CARAVAN」を活用する次なる展開を構想中とのことである。

 この空間では集中できますね。仕事モードとしての空間です。

 「OFFICE CARAVAN」内の机や椅子は,同社でオフィス空間をプロデュースする視角と同じであるという。椅子に座らせていただくと,ふと大きな窓から秋川渓谷に広がる緑が自ずと目に入ってくる。まるで大自然の中に座っているような錯覚になる。

 日々の仕事に追われていると,どうしても柔軟な発想ができなくなってしまったり,視野が狭くなってしまいます。僕はそんな煮詰まった気持ちをリセットするためにアウトドアに繰り出すことが多いです。一旦,思考をクリアにする感じです。もちろん外遊びが好きというシンプルな理由もありますね。

 「OFFICE CARAVAN」は,オフィス空間や仕事場を単に移動することが目的ではなく,人間としての働き方や生き方,そのものが詰まっていることがわかる。

 「働く」「暮らす」「遊ぶ」をシームレスにつなげる生き方ができると,僕自身はとても気持ちいい状態になれます。事業も仕事と割り切ってやるのではなく,自分が面白いと思ったことや人を混ぜていく……。

 山口さんの想いが込められたコトバから,人間が人間らしく生きるとは何か,人間らしく働くとは何か……,「OFFICE CARAVAN」とは,私たちの気づきを育み,生き方と働き方を見つめ直すきっかけを,そっと差し出してくれるような存在であった。「OFFICE CARAVAN」という風が,人の想いと想いを広げていく。

 人間には,情緒的で感覚的な生命力の表現をはじめとする身体的な「第一の自然」と,科学,技術,生産などに関わる「第二の自然」があり,その交錯,調和,統一によって生きていることを,暉峻淑子氏が『豊かさとは何か』(岩波書店)で指摘していたことを思い出した。このことは,他者との共存の中で生きることを意味し,それが豊かさ感,幸せ感をもたらすという。

 他者と比べたり,社会体制に役立つかどうか,人間を外側から捉える価値基準ではなく,一人ひとりの独自性を尊重しながら,一回限りの独自のかけがえのない生命を,互いに手を差し伸べながら,精一杯生き抜き,ともに歩んでいく。学部学生時代に読んだ村上英治氏の『人間が生きるということ』も忘れることができない。

 何が流行っているか,何が売れるのかを重視しすぎて心底やりたいことを置き去りにするのではなく,まずは自分本位でやりたいことを考えてみる。「OFFICE CARAVAN」とこのキャンプ場はそんな実験的な場としてつくりました。ここから近くの山にも簡単にアクセスできますし,新しいプロジェクトの登山口でもあります。評価やすでにある規則など,決まりごとに囲まれるのではなく,自分らしくやりたいことをやる。仕事でもつくりたいですね。ここを登山口として。

 「トレイルヘッズ」という社名。日本語では「登山口」という意味である。人間が人間らしく歩む信念がここにあった。

<謝辞>

 トレイルヘッズ株式会社・代表取締役の山口陽平様はじめ,同社の皆様には,東京都西多摩郡檜原村にて「OFFICE CARAVAN」の見学とインタビューに快くご対応いただきました。ありがとうございました。

<参考資料>
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