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連載エッセイ うごく・はこぶ 石川敬史

22 「見える」社長車

「社長車」

 この三文字の言葉から,みなさんはどのようなイメージを抱くであろうか。企業の社長や重役が使用する高級車,近寄り難い黒塗りの乗用車,怪しい感じの黒色のスモークガラス,白い手袋をした丁寧な運転手さん,確実なドライビングテクニック,一度は座ってみたいソファーのような座席……などなど,あれこれと,いろいろなことを考えてしまうであろう。

 弊社の社長車の装備は,社内システムのICTプラットフォームの中に位置づけられています。

 淡々と語る日本事務器株式会社・経営企画部の増田厚子さんの言葉から,これまで抱いていた社長車の概念が大きく崩れた。

 社長車の装備が先にあるのではなく,関連部署のコミュニケーションの最適化を図っていく中で,社長車の装備が変化しています。

 まさに「動く社長室」である。驚きの装備をみていくと,「動く社長室」を取り巻く関係者のあらゆる状況(会議中,運転中,移動中など)に配慮された仕組みが存在する。例えば,「思いやりチャット」というシステムは,いわゆる同社・社長と運転手との間のチャットシステムである。車載されたiPadにて,「Yes」・「No」といった単純な回答の選択や,「会議が長引いているので遅れます」や「わかりました」など,あらかじめ登録された言葉を選択することによって,簡単に返答することができる。同時に,秘書や社長車の運行を管理する関係者も,これらのやりとりを閲覧でき,情報を共有することができる。

 車載されたiPadでは,この「思いやりチャット」の他にGoogle MAPによる位置共有も可能である。例えば,社長車が待ち合わせ場所に到着しているか,社長が時間通りに新幹線に乗車しているか,などを電話で連絡し合うことなく,両者が互いにiPadの画面(MAP)上にて確認することができる。もちろん,秘書などの関係者もこの情報を共有することで,後のスケジューリングに活かすことが可能であるという。

 さらに,Googleのカレンダー機能により関係者間で社長車の運行予定(時間,行き先,同行者人数など)を共有することで,単に運行予定を確認することに留まらず,関係者自身のスケジューリング(会議,打ち合わせ,外出)など,さまざまな主体的な行動に結びついているという。もちろん社長車にはこの他にも,Wi-Fiアクセスポイント,USBバッテリーなどの装備や,Google MAPのストリートビューを活かした運転補助(複雑な交差点の確認)なども可能である。

 こうしたシステムは当初から社長車に装備されていなかった。現在の社長車であるトヨタ・アルファードは,これまでのセダン型の社長車の更新により2012年に導入された。例えば,「思いやりチャット」についてみていくと,Version1(2013年)は,Androidのタブレット端末によるアンケート機能の実装にすぎなかったが,Version2(2014年)になるとGoogle Talkを活かした拡大文字の表示化へと進化していく。

 すぐに操作は慣れますよ。とても便利です。

 危惧するのは,こうした情報機器を使いこなせる運転手の存在であった。しかし,アルファードの2列目の座席に全身を包まれ,試乗させていただいている中,運転手さんはハンドルを握りながら自然と感想を口にした。

 社長車をみてもらうと,インスパイアにつながりますよね。会議中などのあらゆる条件下を配慮しながら,複数の連絡手段が用意されています。

 同社・経営企画部の木幡陽一さんは,IT企画グループとして社長車装備の開発・導入にも携わっている。

 社長からお題が出て,開発・導入する,その繰り返しです。

 今後の展望として,運転手が車外にいる場合でも車内同様の環境の構築,運転手の待機中の環境整備(オーディオBookなど),車内ディスプレイを活用した動画の学習環境構築をはじめ,社長が乗車した際に,車載されたBeaconを活かしてTo Doリストが自動表示されるシステム,さらには社有車への応用,電気自動車や自動運転時代への備えなど,とにかく未来志向である。

 かつてはBCPやテレワークに対応する動きがありましたが,クラウド化という仕組みによって,これらが一気にカバーされましたね。もちろん,社長車もカバーされました。

 これまでのIT業界の動向を踏まえ,大局的な視野から語る同社代表取締役社長・田中啓一さんのコトバから,創業90年以上にわたる同社の実績と積み重ね,IT企業だからこその着想,そして何よりも同社の技術的な裏づけを感じることができる。

 こうしてみていくと,「社長車」とは,自動車ではなく,単に送迎するための機械・装置でもなく,むしろ一人ひとりの創造や行動を引き出していくという仕組みであり,概念であるような気がしてくる。かつて,遠藤功氏が「見える化」という経営思想・概念を指摘していたことを思い出す。「見える化」とは,組織において自律的な問題解決能力を高めるための有効な手法・仕組みであり,「見える」ことによって何か新たなものが「育まれる」という。具体的には「気づき」,「思考」,「対話」,「行動」を育み,その結果,問題解決が促進されていくという。

 自動車の「自動」とは,オートメーションとしての自動と,自ら動かすとの二重性を有していよう。「自動車移動」の歴史をみても,産業,技術,制度,消費,余暇,ブランドなど,数多くの要素から成り立っていることをみても,自動車が単なる装置ではないことがわかる。「自動車移動」とは生活様式のひとつであり,文化そのものでもあろう。

 社長車で運んでいるということを,意識させないことですね。

 「社長車では何を運んでいるのですか?」という私の問いに,田中社長はこのように語った。社長車が「見える」ことで,同社ではさらに新たなものが育まれていく。

<謝辞>

 日本事務器株式会社代表取締役社長の田中啓一様,経営企画部の木幡陽一様,増田厚子様,事業推進本部の渡辺哲成様には,社長車の見学につきまして快くご対応いただきました。お忙しい中にも関わらず,貴重なお時間をいただきましたこと,感謝申し上げます。

<参考資料>
  • 日本事務器株式会社  http://www.njc.co.jp/
  • 日本事務器株式会社
    「恋するフォーチュンクッキー 日本事務器グループ Ver.」
    https://www.youtube.com/watch?v=VyEyQ5STJqI
  • 日本事務器株式会社社史編集委員会編『日本事務器株式会社七十五年史:日本事務器75年の歩み』日本事務器株式会社,1999.
  • 「新時代の事務機総合商社:無限の可能性を生む日本事務器」『魅力ある会社:高成長が期待される12社』鈴木幸夫編著,経済往来社,1966,p.93-109.
  • 遠藤功『現場力を鍛える:「強い現場」をつくる7つの条件』東洋経済新報社,2004.
  • 遠藤功『見える化:強い企業をつくる「見える」仕組み』東洋経済新報社,2005.
  • ジョン・アーリー;吉原直樹,伊藤嘉高訳『モビリティーズ:移動の社会学』作品社,2015.
    • (2018年4月)

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