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連載エッセイ うごく・はこぶ 石川敬史

33 「文化船」という大きなバトン

あっ,大きな船ですね!

 広島県の旧瀬戸田町(現・尾道市瀬戸田町)生口島のB&G海洋センターに向かうと,芝生の緑が広がる中に,ポツンと静かな一艘の船が視界に入ってきた。ここは10年以上前から行きたかった場所である。やや錆びも目立つ大きな屋根の下,静かに保存されている船と向き合って,思わず言葉を発してしまった。これまでに,この船の現役時代の写真や,現在この船の保存を報告する写真を目にしてきた。しかし,実際の船に出会うと,これまでの写真は,机上でみるにすぎない平面的な記録であったことを改めて痛感した。

どうぞどうぞ。船の中に入ってください!

 広島県立図書館・副館長の植田佳宏さんが気さくに声をかけてくれる。もちろん普段は,柵で囲われているため,船の概観のみの見学である。今回は特別なご配慮をいただき,船内に入らせていただいた。

さあさあ,こちらが閲覧室ですよ!

 船の周囲はコンクリートでしっかりと囲われ,船底は土台で固定されている。植田さんの導きで地上から船のデッキ(甲板)に上がると,風を感じる。このデッキから船底へ潜るような小さな階段があった。「サロン」という小さな案内表示も目に入る。この階段を慎重に下ると,船の先端部分にある閲覧室にたどり着く。周囲には3段ほどの木製の書架が,そして中央には収縮可能な長い長い閲覧机が当時のままの姿で残されていた。「歴史・地誌」「社会科学」「日本文学」などの案内表示も当時のままであった。

ここには,およそ20人ほど入ることができたそうです。

 積載図書冊数は1,500冊ほど……実はこの船,「文化船ひまわり」という広島県立図書館による「図書館船」である。1962年4月に巡航を開始,1981年7月末に退船式が行われるまでの約20年間,広島県内の瀬戸内に浮かぶ島々へ本を届けていた。巡航当時,同県内には138ほどの島があり,このうち人が居住していた島は45ほど。同県人口の1割強にあたる約25万人の人々がこれらの島で生活していたという。

たのしそうに ひまわりごうに のりこむ,椋の浦の お友だち。(『小学二年生』1962)

 当時の雑誌記事などには,島の多くの人々が「文化船ひまわり」に吸い寄せられ,たくさんの笑顔で集う写真が紹介されている。列をつくり珍しそうに文化船を眺める子どもたち,書架から本を選んでいる若い女性,嬉しそうに借りた本を抱えて帰る女性,手を振って文化船を見送る島民の方々……「文化船ひまわり」は単に本を島々へ運んでいただけではなかった。

本の貸出以外に,読書会なども行われていたようです。

 「文化船ひまわり」には本に限らず,小型テレビやナトコ映写機,テープレコーダーも積載され,移動文化教室の開催をはじめ,選挙時には投票を呼びかける広報活動なども行われていた。「文化船ひまわり」は,島で暮らす人々の足元へ文化を届けていた。

 この「文化船ひまわり」の巡航ルートも興味深い。東西に大きく広がる瀬戸内を4コースに区分し,約40ヶ所の寄港地(およそ20ほどの島)へ2か月に1回の寄港,各地の停船時間はおおよそ60分であった。最も東の寄港地は福山市の走島であることから,かなりの移動距離であったことがわかる。船長,機関長,甲板員の計3名,そして図書館員1名が,1コースあたり4日間(3泊4日)かけて島々を訪問していた。

こちらにも船室がありますよ。

 植田さんに導かれ文化船のデッキ後方へ歩んでいくと,船底に潜るような小さな階段がもうひとつあった。慎重に階段を下ると,小さな部屋が現れてくる。先ほどの閲覧室の1/4ほどの広さであろうか,ここは船員たちが生活した船室であり,流し台,氷で冷やす冷蔵庫,机,ベッドなどが当時のままの姿で保存されていた。

一年のうち,三分の一くらいが海上暮らしの自給自食だから,船長の料理の腕も上がるわけだ。(倉光俊夫,1965)

 どうやら宿泊する寄港地では,機関長と船員は船内に宿泊,図書館員は旅館に宿泊していたという。夕飯のおかずにタコを釣る,魚をさばいて料理する,1m近くの大きなウナギも釣り上げたことも……,この他にも,ラジオを聴き天気図をつくっていたこと,強風時に真夜中でも文化船を避難移動させたこと,故障した船を曳航したこと,タンカーの機関長が急病で倒れたため代わりに船を動かしたこと,対岸の島で火事があり消防団を乗せて駆けつけたこと……,当時,船長を取材した数々の記事を追っていくと,船員の仕事と生活とが重なりあっていたことに気がつく。

塗装を剥がす作業から始めました。意外に大変だったですね。

 船の修復作業の様子を静かに語る生口島の医師・永井晃さん。この「文化船ひまわり」,実は2015年2月には尾道市が解体・撤去を決めていたという。このことを永井さんが知り,保存を申し入れ,友人らを誘い,仲間とともにボランティアで修復作業を積み重ねてきた。地元の中学生が校長先生と一緒に手伝いに来たという。現在は,永井さんも植田さんもメンバーである「文化船ひまわりB.Bプロジェクト」(代表・藤田玲生さん,2017年11月設立)が保存活動を担い,「文化船ひまわりまつり」など数々のイベントも開催されている。

最も心に残っているのは,島の人々との交流です。(『航跡』1982)

 記念誌に当時の思い出を刻んでいるのは,文化船の巡航開始時から船員や機関長として歩んできた重森基さんである。「文化船ひまわり」は,島々に生きる人々の生活の中に読書と文化を届けていたと同時に,文化船を担う乗組員の人生をも運んでいた。明日への希望をともに抱きながら,ともに考え,平和を愛する未来に向かってともに生き抜いていく……「文化船ひまわり」を瀬戸内の海に浮かべると,小さな小さな船体なのかもしれない。当時「文化船ひまわり」から発せられた静かなメッセージは,船体の保存活動から奏でられる豊かなメッセージとなり,先を急ぐ私たちへ忘れかけていた「志」を見つめなおすメッセージであり,瀬戸内や生口島で未来を生き抜く者たちへの大きなメッセージである。

<謝辞>

 「文化船ひまわり」の見学につきましては,広島県立図書館の副館長・植田佳宏様,生口島(尾道市)の医師・永井晃様に多大なるご配慮をいただきました。深く感謝申し上げます。

<参考資料>
  • 広島県立図書館編『航跡:文化船ひまわり引退記念誌』1982.
  • 「ひまわり号は,きょうも走る!:文化船と県の政治(社会科 みんなのための政治)」『6年の学習』17(4), 1962, p.28-35.
  • 「瀬戸内海をまわる うかぶとしょかん ひまわりごう」『小学二年生』18(6), 1962.
  • 倉光俊夫「瀬戸内海の文化船長:紺のセビロで島巡り(連載
  • 海ではたらく10)」『海の世界』12(3), 1965.3, p.58-66.
  • 上森俊也「島じまを結ぶ船の図書館「ひまわり号」:広島県立図書館」『図書館雑誌』69(12), p.532-534.
  • 幾野伝「「文化船ひまわり」を知ろう①~④」『山陽日日新聞』2018.4.24‐5.8.
  • 「島から島へ,本を届けて:海を走る図書館「文化船ひまわり」の物語」『せとうち暮らし』20, 2016, 26-35.
  • 植田佳宏「文化船「ひまわり」って知っていますか?:「本はチケット」と思えるサービスを!」『広島県立図書館友の会ニュース』53, 2017.2, p.2.
  • 藤田玲生「文化船ひまわり号を残す:平和を愛し,文化に親しむ人間を育むために」『としょかん』146, 2018.8, p.14-15.
  • 植田佳宏「文化船「ひまわり」って知っていますか?:文化船の航跡を後世に」『図書館雑誌』112(4), 2018.4, p.258-259.
  • 佐藤裕亮「「文化船ひまわり」の歴史に触れる体験会 参加記」『図書館雑誌』113(6), 2019.6, p.390-391.
  • 植田佳宏「島嶼部に文化を運んだ「文化船ひまわり」の保存活動」『図書館車の窓』115, 2019.7, p.4-5.
  • 「文化船ひまわりB.Bプロジェクト」
    https://ja-jp.facebook.com/Himawaribb/

(2019年9月)

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