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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第21回 <取り替え子チェンジリング(1)>

挿絵

 家に着いて、トートバッグから借りてきたばかりの本を取りだす。なぜか、今日返却してきたはずの本がある。そして借りた覚えのない本が1冊。混乱した。本にはさまれた返却期限票を見ると、自分の利用カードのものではない数字が印字されている。つまりこれは誰か他の人が借りた本だ!
 旅先で立ち寄った図書館でデザインが気に入って購入したトートバッグ。珍しいものと思って油断があったかもしれない。この図書館の利用者でこれを使っている人がいたとは。
 閉館時刻の少し前、貸出手続きをして、それからちょっと気になっていた本を思い出して探しにいって、そのときだな、キャレルにトートを置きっぱなしにして…。
 もう図書館は閉まっている。電話しても誰も出ないだろう。しまったな。今日借りた(はずの)本でレポートを書こうと思ったのに。向こうの人も困っているかもしれない。というより驚いただろうな、自分のトート(と思っているもの)から借りた覚えのない本が出てきたら。
 よくよく見ると、ぼくのトートよりも少しきれいな気がする。本2冊以外、何も入ってなかった。図書館専用バッグとして使っているんだろう。ぼくと同じだ。
 返却したはずの本(いや、ちゃんと返却したんだな、他の人が借りてるわけだから)はアンドレ・ケルテスの『読む時間』(創元社 2013)だった。さまざまな人、老若男女が本や新聞や、とにかく何かを「読んでいる」場面をとらえた写真集だ。路上で、学校で、公園で、部屋で、電車の中で、屋上で、人々は何かを読んでいる。その姿はなぜだろうか、ぼくの心を惹いた。気に入ったのだから買ってもよかったのだけど、この本に限ってはそうでなくてもいい、図書館で他の誰かが手にした、何かを感じたり考えたりした、まさに「この本」を読むのがいいような気がしたのだった。それでときどき借りては返し、をしている。
 今この本を(データ上は)借りている人は、どんなきっかけでこの本を手に取り、借りることにしたのだろう。そしてどんな感想をもつだろう。そう思うと早くこの本を届けてあげたくなる。
 もう1冊は読んだことのない本。『妖精のアイルランド 「取り替え子(チェンジリング)」の文学史』(下楠昌哉 平凡社 2005)というものだ。さて、これは読んでいいものなのだろうか。人が借りている本だ。そしてその人はぼくがこの本を読むことを知らない。
 図書館の本だから誰が読んでもいいのではないか、とかなんとか自分に言い訳をして、結局のところ好奇心に負けたぼくはその本を読み始めた。
 「取り替え子」というのは大江健三郎の小説や映画のタイトルにもあったし、言葉は聞いたことがあったけど、意味は知らなかった。この本によると、妖精の国へ連れていかれた赤ん坊や女性の身代わりに置いてゆかれる妖精のことなのだそうだ。この本は、その妖精を案内役に、アイルランドの「想像力のネットワーク」に分け入ろうというもの、ということだった。アイルランドの民話や、出身の作家などを取り上げている。なかなか面白そうだ。アイルランドへは行ったことがないけれど、どんなところなんだろう。
 しかしここで「妖精の国へ連れていかれた赤ん坊?」となる。今日借りた本や、自分のトートのことを思い出す。それらは妖精の国へ連れていかれたのだろうか。そして今手にしているこの本や、そこにあるトートは身代わりの妖精?
 何だかわからないけれど、これは早く取り替えなおしたほうがいいような気がしてきた。むこうもきっとそう思っているだろう。どんな人なんだろう。この2冊の本を借りたこと、そして利用カードの8桁の数字。それだけしか知らない、その人のことを想像した。

挿絵

 翌朝、図書館にトートと本を持っていって、図書館の人に事情を話した(もちろん「この本、妖精かもしれません」とは言わなかった)。驚いたみたいだったけれど、本を確認して相手方に連絡してくれた。
「電話が通じました。本とトート、やはり向こうのかたがもっておられました。たいへん申し訳なかった、とおっしゃっています。そしてちょっと困ったことに…」
「困ったことに?」
「少し遠くに行っていて、しばらくは図書館に来られそうにない、ということなんです」
「まいったな。遠くって、どこなんですか?」
「ここまでお知らせするのもどうかとは思うんですが、相手のかたのご伝言ですので、お伝えしますね。今、T市にいらっしゃる、とのことです、A半島の…」
A半島…。これは妖精の仕業だ、とぼくは思った。

(つづく)

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