back number

連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第29回 <音のない風鈴>

 スピンしまうか、出しとくか…。スピンというのは、ご存知のかたが多いとは思うんだけど、本の背についている「栞紐(しおりひも)」のことである。しまうか、出しとくか、というのは「図書館の本棚の本のスピンを、本の中に折り込むようにして入れておくか、一部を本の下部から出した状態にしておくか」ということである。「スピンを本に挟まず、全体を外に出しておく」はここでは選択肢にいれないものとする(あくまで「ここでは」ですよ。ご自分の本棚などではお好きにしていただいてけっこうだと思います)。
 書店ではスピンは「しまって」ある。新刊を開くと、折り込まれたページにスピンのカタチが残っていたりして「ああ、新刊だなあ」と思う。
 東京都製本工業会のウェブサイト「製本のひきだし」の「製本用語集」によると「しおり挿入機械があり、自動的に本の背の上端に糊付けされ、紐は本の中に(紐の裾は本からはみ出さないように)折り込まれる」とのこと。なるほど、機械でやってたんですねえ。
 図書館も書店のようにスピンはしまっておこう、という考え方がある。たしかに棚の印象が違う。スピンがしまわれ、背が揃っていると、整列した本が「さあ、手に取って」と息を詰めて待っているように感じられる。その緊張感がいい。
 しかし、毎日、何百何千と返ってくる本のスピンをきれいにしまっていくのは、けっこうな手間だ。その時間を他に使いたい、という図書館員の気持ちもわかる。

挿絵

 暑い夏の日の午後、本日の移動図書館は○○小学校へ。校庭に図書館車をとめて、校舎の陰にカウンターを設える。側面のドアを跳ね上げて棚を出したり、絵本のカゴを運んで周りに並べたりしているうちに汗が流れてくる。しかし日陰は風が通ると少し涼しい。移動図書館は夏暑く、冬寒い。そんな中でも涼や暖がある。それがよかったりする。
 日陰のカウンターで利用者を待っていると、常連のおばあちゃんがやってくる。
 「今日も暑いねえ」「そうですねえ」
 あいさつを終えるとおばあちゃんは図書館車に向かった。そして少し離れたところで止まった。視線の先は図書館車の外側の本棚だ。ゆっくり振り返るとこう言った。
 「音はしないけど、風鈴みたいだねえ」
 風鈴?棚を見ると、本の下から出たスピンが何本か風に揺れている。言われてみると、短冊のない風鈴に見えなくもない。
 「昔はね、夏になると風鈴屋さんが屋台でね、このへんにも来たもんだよ。通るのを見るだけでもうれしかったなあ」
 おばあちゃんはそう言うとクルマの中に入っていった。音のない風鈴だけど、おばあちゃんには懐かしい音が聞こえたのかもしれない。
 スピンはなかなかしまいきれなくて、ちょっと心苦しかったけれど、今日に限っては出ていてよかったな、と思った。そうだ、夏の間は棚に風鈴を吊るそうか…。

Copyright (C) yukensha All Rights Reserved.

design テンプレート