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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第22回 <取り替え子チェンジリング(2)>

 母から電話があったのは図書館のカウンターで貸出の手続きをしているときだった。本を受け取ると、あわてて通話のできるテラスへ出た。実家に帰っている妹が「そろそろ」だから私にも帰ってきて、という話。いよいよだな、と家にも寄らずにさっそく向かう。
 実家へは高速に乗って3時間ほどかかる。ふだんはSAで休憩したり、寄り道したりしながら帰省することが多いのだけど、今回は気が急いてまっすぐ帰った。しかし着いてみると妹はじめ、みんな落ち着いてお茶を飲んでいた。拍子抜けしたが、まあ間に合ってよかった。私も団らんに混ざった。
 夜が更けて解散となる。昔のままの自分の部屋で、図書館で借りた本を読もう、とトートから取り出すと、見覚えのない本が1冊、懐かしい本が1冊。どちらも私が借りた本じゃない!よく見てみるとトートも私のものより使い込まれているみたいだ。取り違えたんだ。電話をとろうとして、本を入れたトートをテラスのそばの机に置いて…。
 少し驚いたけれど、本は図書館に返せばいいし、きっとトートも戻ってくるだろう。しかし「取り替え子」の本を借りて取り替えられるとはね。
 懐かしい本を開いてみる。荒井良二さんの『きょうというひ』(BL出版 2005)という絵本だ。この部屋の本棚にも1冊ある。雪のふらないこの町で暮らしていたころ、雪の中に灯るロウソクの風景がきれいに思えて、よく読んだのだった。そして今や、冬になるとそこそこ雪と格闘する羽目になっているのだけれど。
 雪のふる町の図書館でこの本を借りたのはどんな人なんだろう。
 もう1冊は『プラハの世紀末』(平野嘉彦 岩波書店 1993)という本だった。銀色(灰色?)のバックに赤い薔薇のデザインが、銀色バックに赤いロウソクの『きょうというひ』と重なっていて面白いな、と思った。「カフカと言葉のアルチザンたち」という副題がついている。アルチザンというのは「職人」って意味だっけ。難しそうな本だけど、幻想的で重みのあるプラハの写真も載っていて、読みすすめたくなった。プラハか、いつか行ってみたいな、と思いながらベッドに入った。

 夜中に起こされて、妹と義弟を乗せて産院に向かう。いよいよだ。しかしふたり(三人?)を送り届けてしまえば、特にやることもなく、手持ち無沙汰だ。実家に戻ってもよかったのだけれど、興奮して眠れないだろうし、産院の待合室は使っていいとのことだったので、そこで持ってきた本を読むことにした。
 『プラハの世紀末』を読もうとしたのだけど、なんだか頭に入ってこない。同じ行を何度も読み返してしまう。それで『きょうというひ』をめくった。外では風が強く吹いている。地元は相変わらず風が強いな、と思った。絵本の中ではロウソクのちいさな灯りがゆれている。そして「きえないように きえないように……」と誰かが祈りを捧げている。これは命の灯りだ。きえないように きえないように……。
 絵本を読み返したり、プラハの写真を眺めたり、ソファで少しうとうとしたり、待合室の中をうろうろ歩いたりしているうちに夜が明け、人の気配も増してきた。妹のほうはどうなったのか、義弟も出てこないし、何も言ってこない。
 そろそろ戻ろうか、と思いはじめたころ図書館から電話がかかってきた。もちろん「取り替え子」の件だ。取り違えの相手が図書館に来ていて、謝っているという。こちらこそ、とお詫びして、簡単に事情を話した。T市にいて、しばらく離れられそうにないこと。郵送でよければ送ること。こちらは急がないこと。そして図書館の人の手をこれ以上煩わすのも、と思い、相手方にメールアドレスを伝えてもらうことにした。

挿絵

 ほどなくしてメールがきた。なんと、こちらの都合さえよければT市まで来ると言う!こちらの都合、うん、まあだいじょうぶだけど。本の交換のために、わざわざ往復6時間以上かけて?酔狂だなあ、と思ったけれど、それほど急ぎだったのか、と申し訳ない気持ちになった。
 知らない人とメールで連絡しあい待ち合わせるなんて、と思わないでもなかったけれど、メールの文章は丁寧だし、『きょうというひ』を借りるような人だし、何より「こちらが取り違えた(たぶん)」という負い目があった。ではまあ、取り替えに来ていただこうか。
 T市に着いたら連絡ください、とメールしようとして思いついた。ちょっと驚かせてみようかな。そしてこう書いた。
 「T市の○○マタニティクリニックに着いたら連絡ください」

(つづく)

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