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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第39回 <カタツムリ>

挿絵

 庭に面したキャレルがお気に入りの席で、そこで外の景色を眺めながら本を読むのが好きだ。今日のような雨上がりの日は、木々が濡れて生気を取り戻したように見えるのが目に心地よい。本を読んだり、外を見たり、本を読んだり、外を見たり。
 植込みの枝にカタツムリを見つける。子どものころはよく見かけたのに、大人になって出会わなくなったのは、行動パターンが変わったせいか、目の高さが違うからか。気候変動でカタツムリが激減、ではないと思いたい。

 ゆっくり見ているとあらためて面白い生き物だと思う。背中の殻、大小の触角、ふしぎな動き。カタツムリの本、読んでみよう、とすぐに本棚に取りにいけるのが図書館のいいところ。
 『カタツムリが食べる音』(エリザベス・トーヴァ・ベイリー著 高見浩訳 飛鳥新社 2014)なんて本がある。面白そうなタイトルだ。『カタツムリ・ナメクジの愛し方 日本の陸貝図鑑』(脇司著 ベレ出版 2020)も読みやすそう。席に戻る途中で思いついて「言語」のコーナーへ寄り『蝸牛考』(柳田國男著 岩波文庫 1980)も手に取る。

 とっつきやすそうな『…愛し方』から開いてみる。著者は学者ということなんだけど、この本については「偏愛」が前面に出ていて、「図鑑」部分にも主観が表れているのがいい。カタツムリの生態についても読みやすく書かれている。
 カタツムリは雌雄同体なのだそうだ。そう言われれば「オスっぽい、メスらしい」という感じはない。しかしそんなことは考えたことがなかったな、と思う。そして「交尾した2個体がそれぞれ卵をつくる」とある!これはちょっと驚いた。産卵するものとしないものがあるのではなく、交尾した双方が産卵するとは。
 人間に置き換えて考えてみると面白い。誰もが妊娠、出産する可能性をもつ動物だったら。さらに、みんなが雌雄同体でなくてもいい。雌がいて雄がいて、雌雄同体がいて、他にもいろいろな可能性がある。どんな社会になるだろう。

 そんなことを考えながら『…食べる音』も読んでみる。こちらは難病で身体を動かせなくなった著者が、友人に連れてこられたカタツムリとの共同生活に励まされ、生きることの価値を再確認するという物語、ノンフィクションだった。
 病気になって世界の見え方が変わるというのは共感できるし、想像もできる。寝たきりになった著者が、自分が与えた花弁をカタツムリが食べている音に気づくシーンはとてもいい。突然健康を失い、世界への怨嗟や絶望に陥りそうなときに聞こえてくる、ささやかな、生命の音。「カタツムリが食べる音」が聞こえる世界を、著者は発見したのだ。
 この本でもカタツムリの生殖について描かれていて、これがまったく未知の、そして官能的な世界であることに驚かされる。動物たちの「愛の儀式」はときにユーモラスだったり、奇妙に見えたりして興味深いが、カタツムリのそれにも心惹かれる。人間のものは他の種の目にはどう映るだろう。

 気がつくとあなたが横に立っていて「カタツムリの本?面白い?」と聞く。
 私は肯いて「すごく」と言う。内心「『蝸牛考』まで行かなかったな。出身地の方言でカタツムリを呼んで驚かせたかったのに」と思う。そこで仕方なく「そっちの方言で、カタツムリって何て呼ぶの?」と聞いてみる。
 私たちの「愛の儀式」もけっこうややこしいし、かなり滑稽だ。

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