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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第18回 <ゴーヤーの自由>

 図書館に行って驚いた。入口そばの机に、丸々と実ったゴーヤーが山と積まれ「ご自由にお持ちください」と書いてあるではないか。けしからん。実にけしからん。こんな苦いだけで何の役にも立たないものを、われわれの納めた税金を使って市民の口に押し込もうとするなんて。
 だいたいこの図書館はもともとけしからんのだ。立派な人の書いた本や、役に立つ本もあるものの(それだから私も利用しているわけだが)、くだらない本や害にしかならない本が多すぎる。目に余ったときには「こんな有害な本は撤去すべし」と苦情を申し立てているのだが、ここの館長ときたら「図書館の自由」だとかなんとか理屈を並べて、一向に聞き入れない。
 本のことなら(役に立つ本もあるので)まだしも、ゴーヤーは許すわけにはいかない。「図書館の自由」なんてものがあるとしても、「ゴーヤーの自由」なんぞあるわけがない。これは館長に言って配布を中止させなければ。私はカウンターに向った。

 「ゴーヤーのことで館長に意見したい。いらっしゃるか」
 「はい、少しお待ちください」

 図書館員は笑顔でそう言って、どこかへ電話をかけた。ここの図書館員はみんな笑顔だ。腹立たしいことはないのだろうか。
 ほどなく館長が、これまた満面の笑みを湛えてやってきた。ガラス張りの館長室へ通される。

 「こんにちは!いつも貴重なご意見ありがとうございます。今日はどうなさいましたか」
 「あのゴーヤーだよ。あんな苦いものを図書館で配るとはなにごとかね。即座にやめていただきたい」
 「ゴーヤー!あれがご不快な思いをさせてしまいましたか。それは失礼いたしました。ゴーヤーはお嫌いで?」
 「嫌いも何も、あんな苦いもの!いや、私の好みの話ではないのだ。ああいった苦いものに税金を使うのはどうか、ということだ。回答によっては住民監査請求も辞さない」
 「そういうことでしたか。あのゴーヤーはですね、市の環境政策課の事業として市民に配布したゴーヤーの種の残りを、図書館で蒔いて育てたものなんですよ」
 「環境政策課?」
 「はい。緑のカーテンを作ってもらって、エアコンの使用時間を短く、という…。図書館もこの季節暑くなりますから、日差しを少しでもさえぎって、と考えたわけです。結果としてうまく生育しまして、実もたくさんなりました。ですので、みどりのカーテンとしての目的は果たしたのですが、せっかくなった実もご希望の方にもらっていただいたら無駄がないかな、と思って配布しているのです」
 「そうか。しかし緑のカーテンだったら、他にもいろいろあるだろう。キュウリとかヘチマとかアサガオとか。なんでよりによってゴーヤー、あんな苦い…」
 「キュウリは育てるのが難しい、というのが環境政策課と農政課の話でした。そしてせっかくだったら食べられるもののほうがいいだろう、と。図書館としてはカーテンに時間をとられて本業が疎かになっては不本意ですし、それこそお叱りを受けてしまいますから、比較的手間のかからないゴーヤーでよかったかなあ、と思っていたんです。苦い物、苦手なんですか?」
 「そ、そうだが…」
 「実は私もそうだったんです。しかしスタッフがあれやこれやとおすすめのレシピを紹介してくるので、いつの間にか私も食べられるように、というか好きになってしまって」
 「洗脳されたな」
 「洗脳!確かに、栄養豊富とか何とか言って、こちらが好きでないものを好きにさせようってのは洗脳かもしれませんねえ。いや、いつも勉強になります」
 「洗脳されたから緑のカーテンにゴーヤーを選定したのではあるまいな」
 「ははは、選んだのは私じゃないですよ。しかしもちろん税金で購入したタネだし、市の土地で育てているし、水道代もかかるし、水やりも収穫も職員が勤務時間内にやっていることですので、確かに、税金の使い方として適切かどうか、考える必要はありますね」
 「考えるだけではダメだよ。改めないと」
 「ええ、適切でないということであれば当然そうですね」
 「わかればいい」
 「それはそうと、洗脳された私が言っても説得力に欠けるとは思うんですが、ゴーヤー、なかなかいいんですよ。お酒、召し上がりますか?」
 「酒は焼酎派だ」
 「お、お好きな銘柄とかあります?」
 「○○酒造のものはよく飲むよ」
 「○○酒造!あそこは芋もいいけど麦が素晴らしいですね」

 わかっとるな、こやつ。

挿絵

 「焼酎派、だったらゴーヤーいけると思うんだけどなあ。泡盛に合うけど焼酎も絶対いいですよ。油で調理するとあんまり苦く感じないんですけどね。定番のチャンプルーもいいし、肉詰めも美味しいですよ。簡単なのは素揚げにして塩をかけるだけ。これが冷たい焼酎によく合うんです。あ、ちょっと待っててもらえますか、私が洗脳されたゴーヤーのレシピ本、あったら持ってきますので、ね、ちょっとだけ」

 何がちょっとだけ、かよくわからんが、とにかく館長は出ていって、私は館長室にひとり取り残された。きっと満面の笑みで本を抱えて戻ってくるんだろう。そしてゴーヤーも持たせて帰すつもりだ。何だかバカバカしくなってきた。私も洗脳されかけているんだろうな、ゴーヤーの自由に…。

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