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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第10回 <本読む門には福来る>

挿絵

 明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 さて、新年と言えば福袋(?)。百貨店などの初売りでやっている、お買い得な品物がたくさん入った、アレである。近年、図書館でも「本の福袋」が流行りつつある。何冊かの本を袋に詰め、テーマを提示するか(「あたたかくなる本」とか「いのししの本」とか)、書き出しを紹介するか(「親譲の無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」とか「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり…」とか)して、タイトルや著者や具体的な内容はわからない状態で、本を貸し出すというものだ。
 何年か続けてやっているところもあるし、報道などを見てもおおむね好評のようだ。「中身がわからない本を借りる」というのは「人に選んでもらった本を読みたい。ワクワクしたい」ということだろうか。「本」の業界には楽な時代ではないが、ここには何か希望があるように見える。

 図書館では好評の福袋だが、書店では活発に行われているというわけではないようだ。そのハードルのひとつと考えられるのは「再販制度」。3,000円の福袋に1万円分の本を入れるわけにはいかない。もうひとつは「本を購入するためにはその本について何らかの情報が必要である」という考え方ではないか。
 前者について言えば、図書館にはそのハードルはない。もともと無料だから。
 ふたつめのハードルも、「購入する」場所でない図書館にはないものだ。借りてみる。面白くなかったら返せばよい。
 そう思うと「本の福袋」は書店よりも図書館向きのサービスと言えるかもしれない。

 しかし書店でも「中身がわからない本」を売る試みは行われている。盛岡の「さわや書店フェザン店」が発信した「文庫X」は、「小説でない」ということ、そして価格だけがわかるという状態で売られ、後にその経緯が本になるほどの社会現象になった。
 また、パッケージに中身の本(古書の文庫本)の引用文だけが記された「文庫本葉書」(ブックピックオーケストラ)はそこに切手を貼って投函することもできる、という企画。

 通常ならば中身を確認して借りたり買ったりする「本」というものを、貸し手、売り手の選択を信頼して読んでみよう、という行為に駆り立てるのもまた「本」の持つ力ゆえのことなのだろうか、と思う。
 そこには本を手渡す側と受け取る側の間に存在する何らかの交流が見える。その交流を閉ざさないよう、「なかなかいい本だったよ」「本っていいものだね」と言ってもらえるよう、中身の見えない本も、見える本も、しっかりと届けたい、と思う。

 今年も本を手に取るあなたに、たくさんの「福」がありますように。

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