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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第16回 <貝殻>

挿絵

「これ」
 差し出した手の先には小さめのコンビニのレジ袋。夏休みの宿題をしよう、と集合した図書館。ちょっと休憩、とテラスに出てきたところだった。ここは日陰で風が通るので、まずまず涼しい。
「何?」
 さらに無言で差し出されるレジ袋。受け取って中を見るといろんな種類の、大小の貝殻だった。ちょっと顔が綻んでしまった自分が悔しいような恥ずかしいような。
「ふーん。「部活の合宿で行った海辺で朝散歩してたら綺麗な貝殻を見つけたんで、美しい君に似合うと思って拾ってきたんだ」ってこと?」
「え、何でわかったの?」
「いや、何でわかったの?じゃなくて、私がボケてるんだから何かツッコミなよ」
「あ、ごめん。でもそうだったんで」
 まったくボケ殺しなんだからな。まあ、そういうところも嫌いじゃないんだけど。
「謝らなくていいよ。でもホント綺麗。ありがとう」
 テラスのテーブルに貝殻を広げてみる。可愛い桜貝。模様が細かくて小さな巻貝や、突起がたくさんあって不思議な形の貝。目を上げると、やつは大きな巻貝を耳に当てている。
「海の音、する?」
「うん、するよ」
 私も巻貝を耳に当ててみた。海の音だ。懐かしい、と思った。海辺に住んだこともないのに、なぜだか懐かしい、と思ったんだ。
「なんで海の音がするんだろうね? 知ってる?」
「知らない。考えたことなかったな」
「聞いてみようか、図書館の人に」
「え、そんなの教えてくれるの?」
「うん、なんかそんなことやってるって聞いたんだよね」
 私たちは図書館の中に戻って、大きなクエスチョンマークのサインがある、小さなカウンターに向かった。
 「あの、貝殻を耳に当てると海の音がする理由を知りたいんですけど」
 そう言って巻貝を差し出すと、カウンターにいた図書館の人は受け取って耳に当てた。
「海の音、しますね。懐かしい」
「そうですよね、なんでかな、懐かしい。で、なんで海の音が聞こえるんでしょう」
「そうですね。いっしょに調べてみましょう」
 そういうとお姉さんはキーボードを叩いて何かを調べ始めた。ほどなく少し嬉しそうな顔になって(顔に出るタイプなんだ。私みたいだ)私たちをインターネットコーナーへ案内した。パソコン1台に椅子がふたつ。何かのサイトを開くと
「ちょっとこれを見て待っててくださいね」と言った。

 パソコンの画面には「レファレンス協同データベース」というサイトが表示されていた。少し下の方に、質問「貝殻を耳にあてると、音が聞こえるのはなぜか」とある。香川県立図書館が調べたことが書かれているみたいだ。貝殻と音についてのことが書かれている、いろんな本やサイト(はリンク切れもあったけど…)を紹介していた。それを読んでいると、なんとなく「海の音」が聞こえるわけがわかってきた、ような気がした。
 しばらくするとお姉さんが本を何冊か持って戻ってきた。
「とりあえずあった本を持ってきました。他にも何か探してみますね」
「あ、このサイトって何なんですか?知恵袋みたいな?」
「これは国立国会図書館がやってる、全国の図書館で受けた質問と、その回答なんかをまとめた調べもの用のサイトなんです。いろんな人の知恵を借りるという意味では知恵袋にも似てるけど、ここは「答」というより「調べ方」がわかるのが特徴、かな」
「ふーん、そんなのあるんだ。ありがとう、本、読んでみます」

 本を読んでみるともっと詳しく書いてある。「海の波の発する音と同じような周波数」か、面白いな。でもなんだかこうやって科学的?な説明がついちゃうのも、寂しいような気もする。海から来た貝殻から海の音がする、ってふしぎなところがいいのにね。
 協同データベースの回答には「「わたしの耳は貝のから、海のひびきを懐かしむ」という詩を紹介しながら…」と書いてあった。そこをコピペしてググると、どうもコクトーの詩みたいだ。今度はそれが読みたくなった。インターネットコーナーは引き払って、お姉さんに本を返して、コクトーを探しにいこう。やつも何かに興味がでてきたらしく、本を探しにいった。今日はもう宿題はおしまいだな。

 宿題をやっていた机でコクトーを読んでいるとやつがやってきた。
「貝殻一回返して」
「どうして?」
「この本に、貝殻置いとくと磯の香りで部屋が臭くなる、って書いてある」
 手に持っていたのは『ときめく貝殻図鑑』(寺本沙也加/文 大作晃一/写真 池田等/監修 山と溪谷社 2016)だった。「何ときめいてんのよ」とからかうのはやめておいた。
「それで?」
「おれが洗って、臭くなくなってからあげる」
「それは私がやるからいいよ。私も参加させてよ」
「そう?」
「そう。でもありがとう」
「うん。それからさ、この本で調べたんだけど、この貝の名前が…」
 それは『海辺で拾える貝ハンドブック』(池田等/文 松沢陽士/写真 文一総合出版 2009)という本だった。集めた貝の名前を調べたらしい。
 私はやつに『コクトー詩集』(堀口大学/訳 新潮文庫 1985)を見せようか、と一瞬思ったけどやめておいた。少しぐらい秘密があったっていいんじゃないかな。

 私の耳は 貝の殻…

レファレンス協同データベース「貝殻を耳にあてると、音が聞こえるのはなぜか」
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000047344

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