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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第9回 <眠り>

 小春日和の昼下がり、ひだまりの中のソファーで本を読みながら眠りに落ちていくのは悪くない。現実なのか、本の世界なのか、それとも夢の中にいるのか。どこにいるのか判然としない、ふしぎな気分が味わえる。読みながら眠る、眠りながら読む、というのは本の魅力を引き出す、ひとつの方法と言える。
 しかしそこが図書館だったらどうだろうか。身体上の異常事態か、置き引きの被害にあわないか、と心配した図書館員が「だいじょうぶですか」と声をかけてくるかもしれない。短い至福の時間はそこで終了する。
 それも仕方ないことではある。図書館は(一般的には)眠るための施設ではないから、たぶん、とりあえず、今のところは。しかしそれも永遠に続くものとは限らない。
 アレクサンドリアの図書館員は「街のにぎわい創出のため」に図書館が機能するとは考えなかっただろうし(考えたか?)アンドリュー・カーネギーは「認知症予防のため」に寄付をしたのでもないだろう(いや、そうだったか…?)。いつか「よい睡眠のため」に図書館が利用される日が来るかもしれない。例えば…。

挿絵

 20XX年、市民の多くが謎の不眠症に悩む〇×市。〇×市図書館は、市民の健康のため、良質な睡眠を提供すべく立ち上がった。
 年中無休、24時間オープンの「睡眠相談カウンター」で司書に、不眠の状態や近況、好きな本など、いくつかの情報を提示する。すると司書が、相談者にとって入眠に適した本、熟睡を促す本、などを提供する。その本を持って登録済みの専用個室に入る。そこは明るさ、温度、湿度がコントロールでき、リラックス効果のあるドリンク類も備えつけてある。ソファーやベッドなど、好みの家具に腰掛け、横たわり、寝転んで本を読む。するといつしか眠気が訪れ、深い眠りの世界に入っていける、という仕組みだ。目覚めた後に読む、緩やかな起床をたすける本や、しっかりとした覚醒に導く本の提供も怠りない。かくして〇×市からは「不眠」が一掃される。
 〇×市図書館の取り組みが成功すると、同じように市民の不眠に悩まされる自治体は追随し、その波は全国へ、そして世界へと広がる。図書館はついに「眠るための施設」である、と認識されるに至る…。

 なんて妄想をしてしまうほど「眠りを誘う本」というのはある。それが人によってそれぞれ違うところも面白い。私にとっては『銀の匙』(中勘助 新潮文庫 2016)がそれで、困ったときの『銀の匙』、眠れぬ夜に何度お世話になったことか。柔らかくて音楽的な文章は、決して退屈というものではないのに、なぜか読み続けられず、眠気を誘うのだ。
 深夜にこんなことを書いていると目が冴えてきて眠れそうにない。こんなときこそ『銀の匙』を取り出して…。
 あれ、面白いな。ページを捲る手が止まらない。こんなに面白かったんだっけ。ああ、今夜は眠れないな…。

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