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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第4回 <ぼくらが旅に出たり本を読んだりする理由>

 旅に出ることになった、としよう。行き先、期間、目的は何でもいい。ただあなたは日常を離れ、遠い所へ行く。
 そんなとき、準備のために手に取る最初の一冊はどんな本になるだろう?

『地球の歩き方』『るるぶ』『まっぷる』『JTB時刻表』『トーマスクック ヨーロッパ鉄道時刻表』、その他各種ガイドブックや情報誌。このあたりの本を手に取るあなたにとって、旅は「私という物語を書く行為」である。
 登場人物を決めて、設定を考え、プロットを構想し、構造を工夫し、ストーリーを紡ぐ。しっかりと下調べをして臨むが、旅に特有の不確定要素が出現し、予想できないエピソードに彩られ、物語は複雑さを増していく。そして旅が終わるころには、それはひとつの作品となっているはずだ。

 一方、手に取る本が『ゴールデンカムイ』(野田サトル 集英社 2015~)『バガージマヌパナス』(池上永一 新潮社 1994)『どくろ杯』(金子光晴 中公文庫 2004)『物語ポーランドの歴史』(渡辺克義 中公新書 2017)『ヴェニスに死す (トオマス・マン 岩波文庫 2000) だったりするあなたは、旅を「世界という物語を読む行為」だと捉えているのではないか。
 物語の世界に彷徨いこみ、思わぬ人物と意外な展開に翻弄されるが、いつの間にか自分もその物語の中の存在になっている。旅の終わりはいつも不本意だが、それでもそこには「充実感のある読後」が待っている。

 こんなふうに単純にふたつに分けてみたが、実際の旅には(人によって濃淡はあるにせよ)どちらの側面もあるものだ。旅の中で人は書き手にも読み手にもなる。世界という舞台で自分がどう振る舞うかを考える。世界と自分はいつも影響を与え合い、せめぎあう。一方的に書いたり読んだりできるものではないのだ。
 本を読むのも同じではないだろうか。そこに書かれている文字は同じなのに、その意味は読むたびに違って感じられる。それが世界と自分のせめぎあい、なのだ。

挿絵

 旅に出て、本を読み、ぼくらは他者に出会う。自分がいかに知らなかったかを知る。そして体感する、「明日が今日と同じである必然性はない」と。
図書館で、書店で、その他いろいろな場所で、本を探している人はみな旅人だ。そんな人たちには(辛うじて)心の中で声をかけずにはいられない。「よい旅を!」と。

 さて、こんなことを書いていると、もちろん旅に出たくなる。まあしかし諸事情もあるので今日のところは『カフカ小説全集』(池内紀訳 白水社 2000~2002)でも読んでおくとするか…。

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