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連載エッセイ ROCK司書のセンチメンタル・ライブラリー 若園義彦

第20回 <金とか銀とか>

 理由もわからず不意に恋に落ちる。そのときあなたの胸には、エロスが射た金の矢がささっているのかもしれない。エロスというのはギリシア神話に登場する、恋心と性愛を司る神である。金の矢を射込まれると、そのとき見た相手に恋をするという(『マンガ ギリシア神話2』里中満智子 中央公論新社 2000)。
 エロスは鉛の矢ももっていて、こちらを射込まれると、そのとき見た人を徹底的に嫌うという。鉛の矢にしてみれば、なんとも因果な役どころではないか。そして金の矢の仕事の罪深いこと。人間にとっての「金」の意味を考えさせる。

 金というと思い浮かぶのがローリング・ストーンズの『ユー・ガット・ザ・シルヴァー』だ。「おまえはおれの心も魂も手に入れた。銀も金も、ダイヤモンドも手に入れた」と歌うこの歌。なぜタイトルは「金」でも「ダイヤモンド」でもなく「銀」なのか。答はないけれど、キース・リチャーズの声から「燻し銀」を連想してしまうのが面白い。
 いっぽう、スティーヴィー・ワンダーの『ステイ・ゴールド』。「いつまでも輝き続けるように」という思いには「ステイ・シルバー」ではなく、やはり「金」がふさわしい。スティーヴィーの声も艶やかな金色に聞こえてくる。

 イソップ寓話に、有名な「金の斧」の話がある。川辺で木を切っていたきこりがあやまって斧を川に落としてしまう。するとヘルメス(神)がやってきて、川に潜る。川から上がると金の斧をもって「これがお前のものか」というやつである(「樵とヘルメス」『イソップ寓話集』中務哲郎訳 岩波文庫 1999)。
正直者のきこりは金でも銀でもない、落としたのは鉄の斧だと答える(鉄だと書かれているわけではないが、これはやはり鉄の斧だろう)のだが、これはただ正直だから、というだけでなく、木を切るために鉄の斧が必要だったからなのではないか。柔らかい金や銀の斧では木は切れない。鉄の硬さが必要なのだ。
 ただ単に生活のために木を切っていたのであれば、金や銀の斧を換金すれば木を切って稼ぐ以上の金(マネーのほうね)を手にすることができるかもしれない。しかし鉄の斧を失ってしまえば木を切る生活を続けることはできない。きこりは金銭よりも木を切るということを優先させたのではないだろうか(いや、まあ金の斧を換金して好きなだけ鉄の斧を買うっていう手もあるんだけどね…)。人間の生きがいと「金」の関係とは…。

 さて。正直な図書館が川辺で図書館事業を運営している。あやまって司書を川に落としてしまう。そこにヘルメス神が現れて「お前が落としたのは、この金の司書か。銀の司書か」。正直な図書館は答える。「いえ、ふつうの人間の司書です」。ヘルメスは感心して金の司書、銀の司書も図書館に与える。正直な図書館はいずれの司書も雇用して賃金を支払ったので、人件費が増大することとなった。
 それを見た狡猾な図書館。わざと司書を川に落とす。ヘルメス神「お前が落としたのは、この金の司書か。銀の司書か」。狡猾な図書館「金と銀、両方です。それにプラチナとダイヤモンドの司書も」ヘルメス神、あきれて立ち去る。川に落とされた司書は戻ってこない。狡猾な図書館「ふう、これでリストラ完了」。

 その後、正直な図書館の財政がどうなったか、狡猾な図書館が司書なしでどういう運営をしたか、イソップ寓話には書かれていない(当たり前)。どちらの図書館をもつ町が幸せか、それもわれわれが考えるしかない。

挿絵
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